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一番大きな葉をつける一年草 オニバス

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

一番大きな葉をつける一年草 オニバス

2016/02/09

越後は米どころ、日本酒のおいしいお国柄です。山間部は豪雪で知られていますが、海岸付近は、意外なほど雪は少ないものです。新潟県阿賀野市辺りを車で走っていると、畑に白いごみ袋がたくさん落ちているように見えました。よく見るとそれは動いていて、ハクチョウが餌を食べている姿だったのです。

新潟県阿賀野市水原に瓢湖(ひょうこ)という、ハクチョウをはじめとする水鳥たちの聖地があります。水鳥の生息地を保護する国際条約登録湿地にも指定されていて、5000羽以上のハクチョウたちを見ることでき、国の天然記念物にもなっています。

夏に再び訪れると、そこにはたくさんの水草が生い茂っています。そして、この辺りは不思議な植物、オニバスEuryale ferox スイレン科オニバス属の世界的北限の地なのです。オニバスは温暖な古代には広範囲に分布していたことが知られ、氷河の進出に伴い絶滅し、ここ新潟県から東アジアの東岸を通りインドまでに残存しています。

汚れたごみ袋が動いていると思ったら、田んぼの泥で、黒くなったハクチョウでした。稲刈りで残った落穂を拾っているようです。白く貴婦人みたいなハクチョウも、働く時は真っ黒になって仕事をします。

雪をいだいた山々を背景に、瓢湖の湖面が広がります。オオハクチョウたちは畑へ出張中でした。コハクチョウやオナガガモ、マガモ、キンクロハジロ、ホシハジロ、カイツブリなどでワイワイガヤガヤ騒がしい水辺です。周りの樹木にはワシやタカがいて、弱った水鳥を狙っています。自然界では弱みを見せることは死を意味します。皆、精一杯の元気を見せながら生きています。

夏に再び瓢湖を訪れてみると、そこには大きな葉をつける珍しいオニバスが生えているのでした。オニバスEuryala ferox スイレン科オニバス属。属名のEuryala(エウリアーレ)は広大な葉を意味し、種形容語のferox (フェロックス)はトゲで恐ろしく危険という意味を持っています。オニバスはハスとは名ばかりのスイレン科植物で、なぜかしら一年草です。東アジアからインドにかけて自生する植物ですが、ここ新潟県がこの種の世界的北限自生です。流れのない栄養豊富な水面を必要としていて、自生環境の喪失で、日本では絶滅の危機にひんする植物になってしまいました。

オニバスは、夏に大きなものでは2mを超える円形の葉を水面に浮かせます。この大型の葉を持つオニバスは、一年草ではもっとも大きな葉をつける種でしょう。しかし、水面は有限です。展開した古い葉の上に、新しい葉や他の株の葉が乗るとその葉は根からの栄養供給が止まり水の中に溶けて消えていきます。オニバスもまた新旧交代の激しい生存競争の中で大きな葉を開いているのです。

オニバスはトゲだらけの閉鎖花を水中につけ、次の世代の種を残しますが、そのタネは堅い硬実種子で数年から数十年、あるいはそれ以上、泥の中で永い眠りにつきます。タネが発芽するかは運任せ、ある程度の個体群がないと安定して毎年生息していきません。両性花は、トゲだらけの体で水面に茂った葉を押し破り花を咲かせていました。

JADMA

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