小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
女神の香り[後編] ジンチョウゲとその仲間
2016/04/05
関東などが春本番を迎える頃、北国は遅い春の雪どけを迎えます。すると下草の手入れがされている落葉広葉樹の林では、春の妖精と呼ばれる植物たちが一斉に顔を出し、お祭り騒ぎを始めます。フクジュソウ、カタクリ、エンゴサク類、キクザキイチゲなど、色とりどりの花が一瞬の春を謳歌するのです。その中に低木の黄色い女神、“ダフネ”も色を添えます。
岩手県西和賀の落葉広葉樹林です。今年も春の妖精たちがいっぱい咲くでしょう。それは不思議の森、夢の世界に足を踏み入れたような景色です。ぜひ訪れてみてください。この写真に黄色いダフネが写っていますが、わかりますか。
雪国の落ち葉は、その重さでペチャンコにつぶれます。まるで誰かがアイロンをかけたみたいです。50cm程度の高さがあるナニワズも、雪につぶされ平らに伏していますが、バネ仕掛けみたいに立ち上がり、雪どけにあわせて黄色いダフネの花を咲かせます。ジンチョウゲ属の樹皮や木部は繊維が発達し、しなやかで強靭です。
ナニワズDaphne jezoensis(ダフネ エゾエンシス)ジンチョウゲ科ダフネ属。種形容語は、この種が北海道をはじめとする北日本に自生していることを表します。特に積雪のある地域に生える美しい黄色のダフネです。雪の重さで地面に倒されたナニワズの葉には、泥がついて汚れていますが、健気にも立ち上がり、女神の香りを一面に放ちます。
学名は現在3つほど表記されています。オニボオズの変種にされたり、カラフトナニワズの変種とされたり定まっていません。
話は北国から、うどんのおいしい讃岐の国に移ります。この国を旅して一番印象に残るのは、日本昔話に出てくるようなおかしな形をした山が本当にあることです。それは讃岐富士と呼ばれる飯野山、標高421.87mです。5月、この山は一面の花の香りに包まれます。 それはテイカカズラやイボタノキ、そしてジンチョウゲの仲間であるガンピがたくさんの花を咲かせるからです。
ガンピDiplomorpha sikokiana(ディフィロモルファ シコキアナ)ジンチョウゲ科ディフィロモルファ属。暖地性の落葉低木で静岡県より西に生えます。2m程度の丈で黄緑色の小さな花を枝先に密生させます。葉は卵形で互生でした。樹皮を剥がし良質な紙の原料になることで有名です。
ガンピDiplomorpha sikokiana。種形容語のsikokianaとは、四国に多く産することを表します。花被は先端が4つに分かれていて、ダフネ状ですね、ほのかなよい香りを周りに漂わせます。
ジンチョウゲの中国名は「瑞香」といいます。よい香りに因む漢名ですが、大陸には「瑞香狼毒」という植物が生えています。大陸的東アジアの寒冷地、高冷地に自生しますが、毒草ゆえに家畜が食べないので放牧地でよく目立ちます。
Stellera chamaejasme(ステルレラ カマエヤスメ)。ジンチョウゲ科ですが、ダフネ属と違い花被が5つに分かれます。中国では高山から緯度の高い日当たりのよい原野に生える宿根草で、地上部とは似ても似つかないとても大きな地下茎を作ります。写真は雲南省標高3000m程度の高冷地のものです。
こちらは内モンゴルの山地で見かけた、同じ種のStellera chamaejasme(ステルレラ カマエヤスメ)です。この植物は、地域によってさまざまな色合いのバラエティーがあり、同じ種に見えません。ジンチョウゲ科はユーラシア大陸の植物です。日本には数種分布しますが大陸にはたくさんの種が分布しています。いずれも女神のような可憐で、愛すべき植物だと思います。