小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
スミレ列島[前編] スミレ属
2016/04/12
各地でサクラが見ごろを迎え、多くの人が空を見上げる頃、私たちの足元ではスミレたちが咲きそろいます。パンジーやビオラと呼ばれているスミレたちはヨーロッパに自生するスミレの交配から生まれ、世界で最も普及している園芸的花きのひとつになっていますが、私たちの身の回りにも東アジアのスミレたちはしっかりと生息しています。
近所を散歩するだけでも数種類のスミレに出合うかも知れません。スミレ科Viola(ビオラ)属は、世界の温帯に400種を産するとされ、日本には50~60種ともいわれるスミレが自生しています。世界の陸地の0.25%しかない日本の陸地に、世界のスミレの15%程度が生息する計算です。桜前線が日本列島を北上するように、スミレの花も日本各地の公園や市街地、道端、田畑、林縁などに咲いていきます。
[前編]では身近なスミレ、[後編]ではやや珍しいスミレまで、東アジアのスミレたちをいくつかご紹介したいと思います。
種としてのスミレは、このスミレViola mandshurica(ビオラ マンシュリカ)のことをいいます。属名のViolaは、スミレ色(Violet)から、種形容語のmandshuricaは満州を意味し、このスミレが東アジア北部に自生することを意味しています。
終生、根出葉(ロゼット)なので、多くの多年草が生える草原では折り合いがわるく、他の草との競合の少ない荒地や都会のコンクリートの隙間などが生息地です。写真の花は背面がぼけていますが、ブロック塀とコンクリの隙間に群生していました。
よく花をご覧ください。花弁の側面に毛が生えていること、柱頭の先の形が角ばっていることがわかりますか。そんな点もスミレの種を判別するコツになります。
アリアケスミレViola betonicifolia(ビオラ ベトニシフォリア)。日本を含む東アジアに広く自生します。葉はへら状で白地に紫の線が入ります。人里の湿った場所が好きで、水田や湿地に生えます。種形容語のbetonicifoliaとは、説明がやや複雑です。それは、カッコウチョロギStachys officinalis(スタキス オフィキナリス) スタキス属というヨーロッパ原産のシソ科植物があり、それがフランスで「ベトニー」と呼ばれます。そのベトニーに似ている葉をつけるという意味なのです。
ノジスミレViola yedoensis(ビオラ エドエンシス)も人里に生えるスミレの仲間です。日当たりを好み、畑や芝生の中、路傍などでよく目にします。種形容語は江戸を表します。スミレViola mandshuricaと同じように人臭い場所が好きで、公園などに生えているのをよく目にします。やや小ぶりで、細長い葉は波を打つように展開します。
リュウキュウコスミレは沖縄のあっちこっちの日当たりのよい、空き地や公園の片隅などに生えています。ノジスミレの南方系で、Viola yedoensis var. pseudo-japonica(ビオラ エドエンシス バラエティー プセウド ヤポニカ)とされています。沖縄の花らしくあまり季節に関係なく咲きます。
タチツボスミレViola grypoceras(ビオラ グリポセラス)は、日本において最も普通に見ることができます。この種は薄いラベンダー色をしていて柱頭がとんがっているので、見分けるのは簡単です。その適応力の強さは、まるで雑草並みに強くさまざまな環境に生え、そして広範囲な地域に自生することからいろいろな変種があります。中にはピンク色をした変種があって「サクラタチツボ」と呼ばれています。種形容語のgrypocerasとは、曲がった角を表します。
ニオイタチツボスミレViola obtuse(ビオラ オブツサ)も東アジアの人里や低山の原野に広く生えるスミレです。タチツボスミレより花色が濃く、中心部分が白く抜け、色も鮮やかに感じます。花と葉が丸くまとまって咲くのでかわいらしい印象があります。このスミレの最大の特徴は、ハート型をしている葉の先端がとがらないことです。種形容語のobtusaとは鈍形を表します。
ツボスミレViola verecunda(ビオラ ベレクンダ)。種形容語のverecundaとは、控えめとか内気などの意味です。公園の片隅や雑木林の林縁などでよく見られ、ニョイスミレとも呼ばれます。葉は丸くハート型でほふくする枝を伸ばします。花は根付近からではなく、地上の茎から出てきます。花の大きさは、1cmに満たないほど小柄なスミレなので気がつかないかもしれません。
マルバスミレViola keiskei(ビオラ ケイスケイ)。種形容語のkeiskeiとは、日本植物学の先駆者となった伊藤圭介先生に因んだ名前です。葉も花もふっくらと丸く、かわいい印象があるスミレで本州から九州の太平洋岸に生えます。半日陰の林縁などがお好みです。
自宅近くの公園になにやら見慣れないスミレを見つけました。花弁の外側にヒゲがもじゃもじゃ生え、花も大きいスミレです。それは、アメリカスミレサイシンViola sororia(ビオラ ソロリア)でした。北アメリカ東部原生のスミレが、日本の都市部にも帰化しようとしています。この個体は紫色でした。種形容語のsororiaとは塊を意味していて、宿根草であるこの種の根の状態を表します。
花も大きく見栄えのよい、アメリカスミレサイシンViola sororia(ビオラ ソロリア)には、ラベンダー色の個体もあります。それは園芸用に栽培した個体が、庭を飛び出し、東アジアの新天地で羽を伸ばそうとしているのです。国際化は資本や人間だけではありません。スミレたちもいつの間にか国際化という世界で暮らしているのです。
次回は「スミレ列島[後編]」を取り上げる予定です。お楽しみに。