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連載

葵の御紋[前編] カンアオイ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

葵の御紋[前編] カンアオイ属

2016/04/26

いつの世の中でも、正直者が幸せになってもらいと思います。そうならないと、どこに希望を見出すのでしょうか。貧しくても迫害を受けず、むつまじく暮らす幸せが人にあってほしいと思います。

そんな人間の本源的な欲求が具現化した、テレビプログラムのひとつが水戸黄門ではないでしょうか。そのドラマで使う、印籠(いんろう)の御紋に描かれている「三つ葉葵」という植物を皆さんはご存じでしょうか。

「えー、そんな植物のこと考えたこともない」というのが粗方かもしれません。それほど、カンアオイの仲間は人に知られない森の隠者。そして、目立たないことを特徴として、ひっそりと薄暗い林の中で暮らします。今回は、そんな生き物の話題です。

「三つ葉葵」という植物はありません。その意匠は昔のデザイナーの創作です。サクラの花が終わる頃、日本の薄暗い山地の林床では、フタバアオイAsarum caulescens(アサルム カウレスセンス)ウマノスズクサ科アサルム属が、地下茎の先端からハート型をした2つの葉を開きます。「三つ葉葵」は、このフタバアオイの葉を3つにデザインしたものです。種形容語のcaulescensは有茎を表し、地下茎で広がるこの種の特徴を示します。

フタバアオイやほかのカンアオイ属の花は多様ですが、ガク片の先端が3つに分かれ、基部は合着してつぼ形をしています。6個のめしべも合着して1本の花柱になり、まわりにおしべが多数見られる構造です。いずれも地表に花を咲かせるものの、葉に隠れ、あるいは土や落ち葉に紛れて目立たず、花が咲いていることを主張しない変わり者です。

ウスバサイシンAsarum sieboldii(アサルム シーボルディー)ウマノスズクサ科アサルム属は、フタバアオイと同じように落葉性のカンアオイの仲間で、日本のほか東アジアの薄暗い林床に自生します。種形容語のsieboldiiはシーボルトに由来し、和名はほかのカンアオイに比べ葉が薄いこと、サイシンとは細い根が辛い(細辛)といわれる生薬に由来します。薬とはいえ、ウマノスズクサの仲間は毒草だということを忘れないようにしましよう。

カントウカンアオイAsarum nipponicum(アサルム ニッポニカム)は、常緑性のカンアオイで、葉に複雑な文様が浮かび上がります。私が見つけたカンアオイは、どの種も林床や林縁の薄暗い場所、崖などの傾斜地に生えていました。そして、低木や下草に隠れ生えるので、この植物に眼が慣れないとなかなか見つけることはできません。この株は三浦半島で見つけたカントウカンアオイです。関東地方などに生え、葉は常緑で長さは10cm程度にもなります。

カントウカンアオイ。種形容語nipponicumは日本の固有種であることを示します。花は晩秋に開花し、半ば土に埋もれ、落ち葉が覆いかぶさり、手でそれらを避けないと花を見ることはできません。およそ、花は目立ちたがり、訪花昆虫などを誘うのが生業なのにカンアオイたちの生き方は奇妙というほかありません。カンアオイ属の花粉媒介には、地面すれすれに生息する動物がその役割を担っているはずです。ナメクジ説、カタツムリ説、ダンゴムシ説、ヤスデ説、キノコバエ説など、普通は花にあまり関係のない連中が候補者として顔をそろえます。

タマノカンアオイAsarum muramatsui var. tamaensis(アスルム ムラマツイ バラエティー タマエンシス)は、アマギカンアオイの変種とされ、関東西南部に特産する種です。この仲間の繁殖には移動力がない動物が関わっていて、種子の散布も同様で、広がる力が足りません。そして近親交配が繰り返されることによって、地域ごとに特産種を生んできました。カンアオイの仲間で、落葉性はフタバアオイ、ウスバサイシンだけ、あとは常緑性です。この株は高尾山で撮影しました。

中国地方に自生しているミヤコカンアオイAsarum aspera(アスルム アスペラ)。花は小さなつぼ型でくびれます。つぼの表面に多くのヒダがあります。カンアオイの仲間は、株ごとに葉の色合いや花色が異なるので鑑定が難しい植物です。地元の植物愛好家に画像と場所データを送り、鑑定していただきました。

ミヤコカンアオイ。種形容語のasperaはざらつくことを意味します。雪の舞う寒い日でした。常緑照葉樹林の薄暗い金比羅山、奥の院に続く参道の斜面に、いくつかのミヤコカンアオイの株が細々と花を咲かせていました。葉をけちけちと2、3枚しかつけず、一年の大半を土ぼこりや落ち葉にまみれ、動かず暮らすカンアオイたち。花を咲かせる時期だけ彼らの息遣いを感じることができます。

次回は「後編・世にも珍しいカンアオイたち」を取り上げる予定です。お楽しみに。

JADMA

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