小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
葵の御紋[後編] カンアオイ属
2016/05/02
カンアオイの仲間は、世界の北半球に生息しています。そして、東アジアに多くの種があり、中国の長江流域が発生場所と推定されています。大陸と陸続きだったころ日本に到達したカンアオイたちは、急しゅんな地形をもち、海進、海退を繰り返した大陸の淵や島しょ部にて、個体群の孤立が起こり、多くの種に分化していきました。
彼らの進化のゆりかごであった日本は、世界に産するカンアオイ属の50~60%の種が自生しています。特に日本の西南部においてさまざまな種が見られ、南西の島しょでは著しい種の分化が起こりました。
今回[後編]では、特に珍しい種を取り上げたいと思います。
オナガカンアオイAsarum minamitanianum(アサルム ミナミタニアナム)ウマノスズクサ科アサルム属。種形容語は、採集者南谷忠志氏にちなみます。これは私の栽培品です。周年、北側の窓辺で栽培し、今年も花を咲かせてくれました。ガク片の先端が長く伸びることを最大の特徴としているカンアオイの珍品です。
オナガカンアオイは、九州、宮崎県日向市付近の里山に局所的に自生しています。カンアオイの中でも特異な形状をした花を咲かせることから珍重され、商業的採取が行われたせいで、絶滅寸前に追い込まれています。カンアオイの仲間は容易に増えません。衝動買いをする私のような人間がいけないのかも知れませんが、大切にしたいと思います。
タイリンカンアオイAsarum asaroides(アサルム アサロイデス)と呼ばれ、北九州などに特産するカンアオイの花です。まったく奇妙奇天烈、おかしな花をつけます。ディズニーアニメに出てくる「マイク」、通称ギョロメというキャラクターに似ていませんか。笑ってしまうしかありません。北九州の山地に自生します。
タイリンカンアオイは種形容語も意味不明です。訳するとカンアオイ属だけど、カンアオイに似ているという意味です。何のことやらわかりませんね。写真の個体も私の栽培品です。これらは成長が緩慢ですが、頑強な植物です。そして、人間の身勝手な栽培や弱光にも耐えるので室内鑑賞植物によいと思っています。
カンアオイ業界のプリンセス。雪のように白いガク片は白雪に例えられます。タニムラカンアオイAsarum leucosepalum(アサルム リューコセパルム)。種形容語は白いガク片を表します。最近になって鹿児島県徳之島の林床で発見されたかわいらしいカンアオイです。
オオバカンアオイAsarum lutchuense(アサルム リチュウエンセ)。種形容語は琉球を表しますが、鹿児島県にある離島の常緑樹林の林床に自生します。日本では最も大型になる種です。
センカクカンアオイAsarum senkakuinsulare(アサルム センカクインスラレ)。このカンアオイは、尖閣諸島に人が暮している時代に本土に持ち込まれたものです。残念ですが、現在の自生状況は不明です。センカクカンアオイは、尖閣諸島の魚釣島の固有種です。おそらくこの植物の自生を見ることはかなわないでしょう。この株は、種保全のため沖縄県から増殖を依頼された千葉大学研究所の株を写したものです。なめし皮のようなツヤツヤの葉は、塩分飛沫に対応した結果、生じたものだと思います。
コシノカンアオイAsarum megaclyx(アサルム メガカリックス)。常緑のカンアオイでは最も北に分布する種です。種形容語は大きなガクを表します。このコシノカンアオイは、カンアオイの仲間では唯一の四倍体です。寒冷、積雪など悪条件を、倍数性という形質を獲得して克服したカンアオイだと思います。一般に染色体が倍化すると、細胞に水分や養分を蓄える入れ物が増えるので、環境耐性が高まることが知られています。
コシノカンアオイは漢字で「越しの寒葵」と書き、大きな黒色をした花をつけます。この種は秋田県~福井県の多雪地帯の樹林下に自生します。普通、カンアオイ属のガク片は3つに裂けるのですが、たまに4裂する花もあります。
遅い春を迎えた、東北の奥羽山脈の林床です。サクラが咲く頃、春の妖精たちが一斉に目覚め、ヒメギフチョウが忙しく飛び回っていました。彼らが居るということは、その食草である、カンアオイ属が生えているということです。カンアオイは森の隠者。カタクリやキクザキイチゲに目を奪われるとなかなか見つかりません。「カンアオイの目」をもつことができれば、それらは以外と身近な場所で見つかります。この森にはウスバサイシンたちがたくさん生えていました。
次回は「スミレ列島[続編] スミレ属」を取り上げる予定です。お楽しみに。