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連載

スミレ列島[続編] スミレ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

スミレ列島[続編] スミレ属

2016/05/10

東北新幹線はやぶさ号に乗ると、東京から陸奥盛岡までわずか2時間13分です。国内最速のこの列車は、時速320kmのスピードで春の時間をさかのぼります。

関東ではサクラのことを忘れるころに、東北ではその季節がやってきて、春本番を迎えていました。それはまるでタイムマシーンに乗って時間を旅するかのようです。 

サクラが咲いているということはスミレが咲いていること。地域ごとに異なるスミレたち。岩手県にはどのようなスミレが咲いているのでしょうか。

花巻の万寿山。標高409.7mの小さな山です。頂上にはタムシバMagnolia salicifolia (マグノリア サリシフォロリア)が咲き乱れ、お菓子のような香りをふりまいています。ニオイコブシともいわれるこの木の花弁を採り、口に入れると、歯切れもよく、口いっぱいに春の香りが立ち込めます。その足元には、へんてこなスミレが咲いていました。

ナガハシスミレViola rostrata var. japonica(ビオラ ロストラータ バラエティー ヤポニカ)。一見、タチツボスミレのようですが小ぶりです。何よりの特徴は、花被の基部から伸びる距(きょ)が妙に長いことです。種形容語rostrataは鳥のくちばしを意味します。

距は蜜の入れ物ですから、これに口吻(こうふん)を差し込んで蜜を吸う花粉媒介者がいるはずです。誰でしょうか。長い距を見立て、テングスミレとも言われます。

ナガハシスミレは花の特徴だけでなく、その分布も妙です。母種はViola rostrataです。カナダ南部からアメリカの南部までの大陸東岸に生えていますが、遠く離れた東アジアには日本にのみ自生し、日本海沿岸、落葉広葉樹の林縁などに分布します。日本でも分布は隔絶的で、日本海沿岸か豪雪地帯のほかには、四国で発見されたと聞きます。

ナガハシスミレの隣にはマキノスミレViola makinoiが生えていました。花の大きさは1.5cm程度で赤紫の花をつける小型のスミレです。長披針形といわれる、やや堅い葉を上に向かってつけます。ヒナスミレに似ていますが側弁に毛が生えていません。雪深い地域では、生育に適している期間が短いのでしょう。皆、小さな株で1、2輪を咲かせるのが精一杯のようすです。種形容語makinoiは日本産の植物2500種に名前をつけた牧野富太郎氏にちなみます。

万寿山の登山口には、オオタチツボスミレViola kusanoana(ビオラ クサノアナ)が生えています。タチツボスミレの近縁種ですが、大柄で花は地上茎から立ち上がります。花色もややピンク色です。草丈が高いこと、花が大きいこと、距が白いこと、唇弁の筋の特徴などで区分します。積雪に対応して分化した種と思います。

登山口近くの谷間に、スミレサイシンViola vaginata(ビオラ バギナータ)が咲いています。このスミレグループは、地上に茎を出すことがなく、ワサビのような、太く立派な地下茎があります。この種は、日本海側に自生し、太平洋沿岸地域にはナガバノスミレサイシンViola bissetii(ビオラ ビスセッティー)が自生します。和名は、この植物の葉がカンアオイ属のウスバサイシンに似ていることによるのでしょうが、紛らわしい命名だと思います。種形容語は地下部にある葉を収めるさやに由来します。

カンアオイ属のウスバサイシン

ヒカゲスミレViola yezoensis(ビオラ エゾエンシス)。雫石川の河川敷のやぶに生えていました。種形容語yezoensisは蝦夷を表します。谷筋など湿り気のある日陰を好むスミレ。根出葉から葉や花を出し、地下茎つながりで群生していました。毛のある花柄は垂れ下がり、白い花をつけます。唇弁、側弁には紫の筋が入ります。

豪雪地帯から三陸沿岸へ移動しました。陸前高田、裏山の林縁に美しいピンク色をしたスミレが花をのぞかせていました。アケボノスミレViola rossii(ビオラ ロッシー)は、スミレサイシンに近縁です。日本の太平洋岸と他の東アジア沿岸部に自生します。葉は開花時にあまり展開していませんでした。花は大きく桜色です。種形容語はイギリスの海軍士官で探検家の Sir James Clark Ross にちなみます。

タチツボスミレ(左)とアケボノスミレ(右)の花を横から比べました。アケボノスミレは花弁が広く、距が太く短いのが特徴です。それにしても桜色のきれいなスミレです。

サクラが咲く季節、日本ではどこに行っても、地域ごとに異なるスミレが咲いています。
最後に紹介するのは、オオバキスミレVioa brevisutipulata(ビオラ ベレビスティプラータ)。 種形容語brevisutipulataは短い托葉を意味します。この種は日本の特産種で、積雪の多い日本海側の山地などに生えます。この画像は、陸前高田の裏山で撮影しました。東日本大震災から5年がたちました。陸前高田の被災地は今、12mのかさ上げ工事を急ピッチで進めています。一方、裏山の中腹では、高台に移住した方々の家があちらこちらに建ち、分散型の地域が作られようとしていました。

次回は「路傍の踊り子 ラミューム属」を取り上げる予定です。お楽しみに。

JADMA

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