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神農の山 ハクショウ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

神農の山 ハクショウ

2016/07/05

神農とは、人間が長い時間をかけて野山から草や木を見つけ、それを食べ、胃袋を満たし、あるいは毒され犠牲を払いながらも食べることができる植物を発見してきた歴史を伝説化した農業の神様です。
透明の胴体をもち、あらゆる植物をなめて毒があれば内蔵が黒くなり、どの部分を害するのかを見極めたといいます。食料、毒物、薬用を人々に伝え、有用な植物の栽培を教えたことから農耕の祖、医薬の神様として日本にも伝わりました。

神農は、同時に人々に火の起こし方や、焼畑を教えたとされ、「炎帝」とも呼ばれて中国の人々に慕われています。神農山には、雑穀を手にもち、ウルトラマン父のような姿で像が祭られています。 
余談ですが、いまだに中国の朝食には、粟(あわ)や黍(きび)がよく出てきます。この黍が「香(こう)」という字の語源だということを知っていますか。黍がおいしい、「黍が甘い」という字をあわせて「香」と書きます。日本でもお新香や香の物という字の使い方をします。元々、香の意味は匂いという意味ではなく、食べ物がおいしいさまをあらわします。

神農山は河南省泌陽市にあり、黄河の氾濫でできた広大な平野に垂直に立ち上がります。標高1028mながら断崖絶壁の山です。頂上からは約4億年前とされる古生代の化石が見つかる、地歴の古い山塊です。

中国の中西部に位置するこの地域は、雨が少なく、日本の3分の1程度。野山に腐葉土で覆われた土壌はなく、植物たちは岩の裂け目にタネを落とし、辛うじて命を繋ぎます。神農山は珍しいハクショウの自生地として知られ、1500本程度が標高の高い場所に生えます。 そして、数多くのハクショウ千年木が確認されています。この景色の中にハクショウが見て取れますがわかりますでしょうか。

ハクショウの大きな特徴の一つは、葉が3針葉をもつことです。黒松、赤松はおなじみの針葉が2枚1組になっていて、五葉松は5枚1組です。ハクショウはアジアで唯一、3枚1組の3針葉をもつマツです。このマツの特徴は北アメリカ東海岸などに自生する、大王松、テーダ松、リギダ松などの特徴です。ハクショウが何ゆえにアジアに隔絶して分布する3針葉のマツであるかはわかっていません。

ハクショウ最大の特徴はその幹の色合いです。若い木は緑色の木肌をしていますが、だんだんと皮がはがれ、緑と茶のジグソーパズルのようになります。さらに老成すると幹は白一色となり、翁のような風貌を示すのです。その様子から中国名「白皮松」、英名では「white bark pine(ホワイトバークパイン)」と呼ばれます。

ハクショウ(白松)Pinus bungeana(パイナス ブンゲアナ)マツ科パイナス属は、中国の中西部、黄河流域の山岳地帯に生えるマツです。陽樹で日当たりと風通しを好み、崖や尾根筋に点々と自生していました。千年木は木肌も白く、荘厳に見えます。種形容語の bungeanaはウクライナ、キエフ生まれのドイツ人博物学者Alexander Georg von Bunge(アレクサンダー ゲオルグ ボン ブンゲ)にちなみます。シベリアや東アジア北部の植物を調べ、多くの植物に自らの名を刻みました。

この植物は成長が遅く、長寿の松です。風雪の中、艱難辛苦(かんなんしんく)に耐え、葉を緑に保ちます。古名を「白鶴松」ともいいます。道教では松鶴延年(しょうかくえんねん)不老不死を願う象徴的なマツとされます。

神農山の頂上、紫金頂にはひときわ大きなハクショウPinus bungeanaが生えていました。虚空にそびえるこの仙樹は、中原の歴史を一人で見据えてきたのでしょう。その齢は3800年といわれてます。

次回は「神農の花々 丹参」を取り上げる予定です。お楽しみに。

JADMA

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