小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
竜生九子[前編] ガガイモの仲間
2016/09/06
日本ではあまり知られていないことですが、竜は子だくさん。9人の息子たちがいます。それぞれ違った姿と性格をしていて、結局、父のように大成することがなかったのでした。同じ親から子どもが生まれ、同じ家、同じ食べ物で育っても、子どもたちはそれぞれ性格が違います。そのことを「竜生九子(りゅうせいきゅうし)」といいます。
明の時代にできた面白い話なので、その息子たちの話と、うねうねとつるを伸ばし副花冠が発達する、面白い花を付けるガガイモ類を紹介しながら話を進めましょう。
中国の人に「これは何だか分かりますか?」と問われたとき、即座に私は「ガメラ」と答えました。その人はキョトンとした顔をしていました。怪獣ガメラは中国では知られていないようです。
これは亀でも、ガメラでもありません。竜の長男で、贔屓(ひいきまたはビシ)といいます。力持ちで重たいものを背負うのが大好きな長男。通常は石碑を背負っています。お気に入りに肩入れすること、ある人を担ぐことを「ひいき」といいますが、石碑を担ぐこの子が語源といわれます。きっとガメラも贔屓がイメージの元祖ではないかと私は考えています。
次男は螭吻(チウェン)といいます。遠くを眺めることが好きな子なので、いつも屋根の上にいます。火を飲み込むといわれ、火災避けの仕事をします。日本のしゃちほこの原型だとされています。
さて、ガガイモの仲間の話です。大きな国土をもち、世界最大の人口を抱える中国は、巨竜に例えられます。一人っ子政策があり、一人入魂で子どもを育てます。そんな子どもにも性格の違いがあり、机に座っていることが嫌いな子もいるでしょう。
少林寺がある河南省登封市には数多くの武術学校が作られ、中国全土から子どもたちが集まります。全寮制のこの学校は一般の勉学のほか、武術の教育をする一種の専門学校です。その生徒数、なんと19万人といわれ、大きな教育ビジネスになっています。外国人の留学生もいて、私が泊まったホテルも武術学校の経営でした。そんな、巨竜の子どもたちの朝は早く、ランニングで始まります。
体が温まると師範が現れ、乱取などのけいこを始め、体の裁き方や防御の方法、相手の力を使ったカウンター技などを教えていました。それにしても10万人を超える子どもたちが一斉に武術のけいこをする姿は異様なものでした。彼らの未来は実力系の公務員、例えば軍、消防、公安、ボディガードなどを志望しているそうです。その訓練場の周りは、種形容語が「垣根」という意味をもつ、ガガイモに似たペリプロカ セピウムが取り巻いているのでした。
Periploca sepium(ペリプロカ セピウム)キョウチクトウ科ペリプロカ属。和名はありません。少し前までこの類はガガイモ科という分類でした。近年発達を遂げた、遺伝子の塩基配列の比較検討からキョウチクトウ科へ分類が変わったのです。しかしながら、この仲間はガガイモ科の方がしっくりきます。落葉性のつる性低木で、互生の葉身は薄いのですが、皮でできているように丈夫です。種形容語のsepiumとは垣根や生垣、柵を意味します。巨竜の子どもたちの放牧場の柵代わりに、竜のようにうねうねとペリプロカ セピウムが生えているのは奇遇です。
ペリプロカ セピウムは中国の東北から河南省、四川など乾燥した地域に生えます。つる植物でよく伸び、一面に繁茂して初夏にガガイモ類らしい、奇妙な花を付けます。形もさることながら、花被には全体に柔らかい毛が生えているのです。花の色は茶色や緑色でした。
日本にも花被に毛の生えたその仲間がいます。ガガイモです。この花が咲いていると周りによい香りを漂わせます。ガカイモMetaplexis japonica(メタプレキシス ヤポニカ)キョウチクトウ科メタプレキシス属。つる性多年草です。日本をはじめ東アジア一帯の日当たりのよい原野、道端などに生えます。この仲間は、蕾の形や花被の形、果実が似ています。
ペリプロカやガガイモの仲間は、副花冠が盛り上がっていて独特の花の構造をしています。 この仲間にはとりわけ大きな副花冠をつけるカロトロピスという植物があります。中国名は実の形から「牛角瓜」といいます。野菜みたいな名ですが、有名な毒草です。Calotropis gigantea(カロトロピス ギガンティア)キョウチクトウ科カロトロピス属。東アジア南部などに生える、熱帯性常緑樹です。種形容語のgiganteaとは巨大を表します。ガガイモ類の樹木で花が大きく立派ですが、色といい、形といい不気味です。
さて、竜の子どもたちに話を戻しましょう。三男は蒲牢(ホロウ)といいます。親の竜によく似ている姿をしていて、ほえることを好み、寺院の梵鐘の上で声を鳴り響かせます。四男は狴犴(ゲイカン)。トラに似ていて、力があります。牢獄の番人ですから、一生縁がないとよいと思います。五男は饕餮(トウテツ)。食べることが好きな、食いしん坊です。
次回は「竜生九子[中編] ガガイモの仲間」を取り上げる予定です。お楽しみに。