小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
黄河山水草木譜[その2] トウキョウチクトウとデルフィニウム
2016/10/04
中国の河南省にある龍潭峡(りゅうたんきょう)の成り立ちは、堆積岩の岩肌を黄河が侵食したものです。谷の堆積岩は固く、とても緻密です。それは岸から遠く離れた深海底に積もったものです。陸の近くの海底では、河川などから供給される土砂などの沈殿物が粗大なのです。こんな大陸内部まで、プレートの移動によって深い海の底が移動し、隆起して、侵食されたのがこの山水区です。この景色を作るのに、いったいどれだけの月日が必要だったのでしょうか。
龍潭峡の崖は高さ100m以上、幅は狭いところで3m程度。垂直にそそり立ち、下には川が流れています。
細かい、泥堆積の跡を残す崖には、トウキョウチクトウが白い花を咲かせていました。良い香りのする花で周りに甘い匂いを漂わせています。
トウキョウチクトウTrachelospermum jasminoides(トラシェロスペルマム ジャスミノイデス)キョウチクトウ科テイカカズラ属。和名は唐夾竹桃(とうきょうちくとう)といいますが、キョウチクトウではありません。極めて日本のテイカカズラに近縁の種、薄い黄色のテイカカズラに対し真っ白な花を付けるつる性常緑低木です。種形容語jasminoidesは良い香りがするので、ジャスミンに似ているという意味です。台湾と中国に自生します。
中国に分布するトウキョウチクトウに対し、テイカカズラTrachelospermum asiaticum (トラシェロスペルマム アジアティクム)キョウチクトウ科テイカカズラ属は日本と朝鮮半島に分布します。種形容語asiaticumはアジアという意味です。花弁の色合いが薄い黄色で中心部分が濃い黄色をしています。和名の定家蔓は、平安時代の才女、式子内親王に好意をもった藤原定家の思いが、亡くなった彼女の墓にまとわり付く蔓(かずら、または、つる)になったという伝説によるものです。
テイカカズラにはいくつかの園芸種があります。チリメンカズラ、ゴシキカズラ、そして画像のハツユキカズラなどです。ハツユキカズラの美しい斑入りは、強い日光で先端の葉緑体が逃げるのか、壊れるかして白斑になるものです。日陰ではハツユキカズラも濃い緑色になります。先端部のピンク色は、葉に生じる活性酸素を除去するため作られたアントシアン色素によるものです。
さて、龍潭峡ではとても変わった現象が見られます。画像をご覧ください。右上と左下の高低差ですが、どのように見ても右が高く左が低く見えます。しかし、水の流れは、下から上に向かって流れていました。物理の法則に反しているようです。実は、これが目の錯覚なのです。それは、岩の堆積線の跡が平行ではなく右肩下がりになっているので、高低差が逆に見えるのです。
龍潭峡の水辺の岩には、黄色いセネシオに似た花がへばりついていました。Sinosenecio oldhamianus(シノセネシオ オルドハミアヌス)キク科シノセネシオ属。湿った環境が好きで乾燥した場所では見られませんでした。中国の南西部に自生します。
岸辺の土砂だまりにはいろいろな草花が咲いていました。アクレギアAquilegia sp.は花姿がふっくらしていて、この辺りのオダマキ(アクレギア)は皆一様に薄い赤紫色です。水が好きらしく乾燥した場所には生えておらず、湿った場所が好きです。資料がなく、種の同定には至っていません。
さらに、やぶの中に青い花が見えました。近寄ってみるとそれはデルフィニウムでした。デルフィニウムは大陸の植物。この属の日本自生種はありません。
デルフィニウム グランディフロラム(Delphinium grandifrorum)キンポウゲ科デルフィニウム属。属名は、蕾の形がイルカ(デルフィン)に似ていることにちなみ、種形容語grandifrorumは、花が大きいことを表します。この種は中国の北西部付近に分布します。園芸種は肥料をやるので立派な花穂を立ち上げますが、肥料の乏しい野生状態のデルフィニウムは、何処か頼りない野の花です。このように園芸種の元になった野生種を見るたびに、人が楽しむために野生種を改良してきた育種という技、そして人々の情熱、時の流れがしのばれます。
次回は「黄河山水草木譜[その3] チュウゴクニンジンボク」を取り上げる予定です。お楽しみに。