小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
カルストの大地[その4] ヒオウギ(ぬばたま)
2016/11/15
今年は、寒くなるのが早い気がします。秋の優しくセンチメンタルな気候を楽しむことができませんでした。秋の平尾台は一面の枯野です。ススキの穂が揺れ、草紅葉の中を歩くと夏の名残花や草花の実を見つけることができます。
11月の平尾台は一部で野焼きの準備が始まり、防火帯らしきものが出来上がっていました。一面の枯野の中に草木を見ていきます。
ヤマラッキョウAllium thunbergii(アリューム ツンベルギー)ネギ科ネギ属は、東アジアの山地から高山に生える野生のネギです。種形容語のthunbergiiとはリンネの弟子として有名なCarl Peter Thunbergの命名を意味しています。昔はユリ科に分類されていましたが、現代ではネギ科が新設されました。枯野の中に薄い紅紫の球状花序を付ける宿根草です。
平尾台には関東でよく見るツリガネニンジンに似たサイヨウシャジンが咲いています。サイヨウシャジンは、Adenophora triphylla var. triphylla(アデノフォラ トリフィラ バラエティー トリフィラ)キキョウ科ツリガネニンジン属とされ、中国地方から西と東アジアに広く自生します。
ツリガネニンジンの学名もAdenophora triphylla var. japonica(アデノフォラ トリフィラバラエティー ジャポニカ)ですから、ツリガネニンジンの方がサイヨウシャジンの変種となります。どちらも変異があるので、無理に分けることが難しいと思いました。
サイヨウシャジンの特徴と区別点は、花冠が細いこと、花柱が著しく長いこととされます。種形容語のtriphyllaとは、葉が3枚であることを表しますが、3枚であったり4枚であったりこちらも変異の多いものでした。
平尾台のピナクルの隙間に真っ黒なタネが落ちていました。昔の人はこれを射干玉(ぬばたま)と呼びました。漆黒のこの玉は、和歌において黒いものを主題とする枕詞に盛んに用いられました。万葉の時代、この射干玉(ぬばたま)を付ける植物は、それほど身近だったのだと思います。
このタネを散らした植物の株が近くにありました。黒の枕詞として「ぬばたま」を知っていても、植物のタネとしての「ぬばたま」をご存じない方は多いのかも知れません。真っ黒で艶々したこのタネを見た昔の人々は、この様子から夜の闇や美しい女性の黒髪を連想したのでした。
「ぬばたま」を見たことのない方でもヒオウギはご存じだと思います。「ぬばたま」はヒオウギ(檜扇)Iris domestica(イリス ドメスティカ)アヤメ科アイリス属のタネです。ヒオウギは、葉の先がとがった扇状の草姿です。幅は50cmほどに広がります。夏に花茎を伸ばしてオレンジ色に赤い斑紋のある花を咲かせます。花が咲き終わると花弁がくるくるとらせん状にしぼみます。
以前は、Belamcanda chinensis(ベラムカンダ シネンシス)と呼ばれ、一属一種とされていましたが、近年の遺伝子塩基配列の研究からアヤメ科アイリス属に編入されました。
ヒオウギIris domestica(アイリス ドメスティカ)。種形容語のdomesticaとは、家庭を表し、花がきれいなので家庭園芸用として昔から盛んに用いられたのだと思います。あるいは、昔は身近な野にたくさん咲いていたのかも知れません。英語では「ブラックベリーリリー」と呼ばれ、この種を交配親にした品種改良にも使われています。このヒオウギは園芸植物として有名ではありますが、この種の自生を見る機会は少ないと思います。
私も平尾台で野生種を初めて見ました。ヒオウギは東アジアの国々、インド北部まで広範囲に生えている植物として知られています。ヒオウギもまた、日本と大陸がつながっていたときに分布を広げた大陸起源の植物です。
万葉集に歌われているこの植物を考えると、昔は日本でもdomestica(家庭)で身近に生えていたのだと思います。ヒオウギの自生環境である、日当たりのよい草原や丘は人々の住まいとなり、今ではヒオウギの自生を身近に見ることは難しくなりました。
次回は「カルストの大地[その5]」を取り上げる予定です。お楽しみに。