小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
わたつみの菜は? アゼトウナの仲間
2016/12/20
都会の近くで野生の植物が見られる場所としてお勧めなのは海浜です。ちょっと車を走らせてみましょう。私の住んでいる横浜からは三浦半島にはすぐに行けます。ここの岩礁では晩秋から冬にかけて、黄色い花を付ける植物が多く見られます。ミヤコグサ、ツワブキ、イソギク、そしてワダンです。
冬の三浦半島です。海岸っぷちにはいくつかの植物が黄色い花を咲かせています。それは寒いこの時期に活躍する昆虫が、黄色を好むことによるのだと思います。今回のテーマは、アゼトウナの仲間です。この画像には、ワダンという植物が映っていますが、分かりますでしょうか?
ワダンCrepidiastrum platyphyllum(クレピデアストラム プラティフィルム)キク科アゼトウナ属。属名はクレピス属に似ていること、種形容語のplatyphyllumは幅の広い平たい葉を表します。
ワダンは漢字で海菜と書きます。ワタとは海のこと、ワタの菜っ葉が転じて海菜(ワダン)になったといいます。昔はこのおいしそうな葉を食用にしたからでしょうか。日当たりのよい場所に広い葉をいっぱいに広げるさまは、海岸のキャベツです。
ワダンの葉には切れ込みがありません。全縁で丸く、根出葉から放射状に花茎が立ち上がり、晩秋に黄色い舌状花からなる頭花を群生させます。
あまりにも野菜風情でおいしそうなので、物は試しで葉を少し味見してみました。それは塩味と苦味でした。虫も好かない味です。その証拠にどの葉にも虫がかじった跡はありません。ワダンという名前は見た目だけの名前なのでしょうか。
ワダンは千葉県から静岡県の太平洋を望む、海岸崖に生える植物です。三浦半島では東京湾側では見つからず、相模湾側に回ると見ることができました。潮風が吹き付ける崖、岩の隙間がお好みの様子ですが、海岸林の縁にも分布を広げていました。
一方、日本の中国地方からの日本海側や沖縄をはじめ、東アジアの海岸には近縁種のホソバワダンが自生します。
伊豆半島から九州の太平洋岸に行くと、アゼトウナCrepidiastrum keiskeanum(クレピデアストラム ケイスケアナム)キク科アゼトウナ属が生えます。強い潮風が吹き付け、何も生えないような岸壁に自生していました。
和名は畦唐菜とか畔冬菜と書きますが、畔冬菜というのが一番説得力があるように思います。牧野図鑑によるとイワニガナ(岩苦菜)という名前で呼ばれた時期もあったようです。
アゼトウナは、葉がコンパクトでよく詰まり、クッションのようなかわいい草姿です。改良すれば冬場の園芸種にもなりそうな種です。種形容語のkeiskeanumは植物学者の伊藤圭介先生にちなみます。
冬でも海岸っぷちは陽光があふれ、岩は温まりやすく、植物にとって暖かいのですが、根を張る場所がありません。わずかな岩の割れ目に根を食い付かせて踏ん張り、多肉植物並みの葉に水分をためていました。
アゼトウナの多肉質ロゼット葉も一つ摘み、口に入れてみました。最初はちょうどいい塩味です。海浜植物の葉には潮飛沫が付いているので、どれもよい塩梅なのです。ワダン同様の苦味がありますが、こちらはマイルドのような気がします。
一方、日本をはじめ東アジアの内陸にはヤクシソウCrepidiastrum denticulatum(クレピデアストラム デンティクラーツム)キク科アゼトウナ属が広範囲に生えます。薬師草(ヤクシソウ)という和名の由来ははっきりしません。
実はこのヤクシソウは最近までYoungia denticulate(ヤンギア デンティクラーテ)キク科オニタビラコ属とされていました。私はこの植物がどうしてオニタビラコ属に属するのか、長い間、納得がいかなかったのです。花と蕾の付き方がワダン(アゼトウナ属)にそっくりですし、ワダンとの間でヤクシワダンといわれる自然交雑種ができること、アゼトウナとの間でヤクシアゼトウナという雑種ができることが知られているからです。
ワダンとヤクシソウの雑種であれば、種間雑種ではなく、属間雑種ということになってしまいます。そんなことがあるのでしょうか。ヤクシソウが他のアゼトウナ属との間で親和性を持っているのであれば、それは同属と考えるのが普通です。ヤクシソウがオニタビラコ属だという通説に止めを刺したのは、遺伝子の塩基配列の研究でした。現在の分類学であるAPGという分類学説において、ヤクシソウはオニタビラコ属からアゼトウナ属に配置転換がされたのです。
写真は再びかわいらしいアゼトウナです。日本のアゼトウナ属たちは地域毎にさまざまです。ワダン(海菜)は千葉県から伊豆諸島を経て静岡の太平洋岸に自生し、アゼトウナ(畔冬菜)は伊豆半島から九州までの太平洋岸に生えます。ホソバワダン(細葉海菜)は中国地方の日本海岸沿岸から沖縄まで、そして東アジア諸国に生えます。そして、日本および東アジアの山野には、広範囲にヤクシソウ(薬師草)が自生します。
それは見事なすみ分けです。どこかで縄張り会議でもしたような分布をします。皆さんのお近くにはどのアゼトウナ属が花を咲かせているのでしょうか。
次回は「プリムラの遥かな旅」を取り上げる予定です。お楽しみに。