小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
遥かなるプリムラの旅路[その2] プリムラ属
2017/01/10
プリムラ属は水草ではありませんが、土が乾かないことを必要とします。根が水に漬かって生えている自生株をよく見かけます。湿原や小川の縁、水が染み出る岩場などがプリムラ属の生息環境です。それは園芸種になっても同様です。プリムラを栽培する場合、表面の土が乾かないようにするとよいでしょう。
写真はサカタのタネが育成した「プリムラ アラカルト」という品種を放水路の中に設置し、水面から底面給水で栽培したときの様子です。11月下旬に設置し、冬中、開花し続けたものを3月下旬に撮影しました。
このときは植え付けた当時と比べ、株の大きさが3倍になっていました。時期は3月28日、ソメイヨシノもサクラソウも満開です。素晴らしいパフォーマンスですね。
この様子からプリムラ属を栽培する場合、土が乾かないようにするとよいことがお分かりいただけると思います。それは園芸種の元になった野生種の多くが、そのような場所に自生しているからです。
さて北緯26度、雲南省麗江市玉龍納西族自治県にある玉龍雪山には、北半球で最も南に位置する氷河があります。その雪解け水は白水河という流れを生み、グレイシャーミルクという青白い水の色を示していました。
この川の岸辺にプリムラ ブレアナPrimula bulleyanaが生えていました。草丈は60cm程度、よく目立つ色合いです。日本のクリンソウによく似ていて、オレンジクリンソウとも呼ばれます。種形容語のbulleyanaは、この地で植物採取を行ったジョージ フォレスト(George Forrest)氏のパトロンであった、アーサー K ブレイ(Arthur K Bulley)氏にちなみます。ちなみに日本のクリンソウには黄色やオレンジ色の花色はありません。
玉龍雪山から離れてシャングリラ近郊、標高は3400mくらいのところです。小川の縁に大きな黄色いプリムラが群生していました。それはプリムラ シッキメンシスPrimula Sikkimensisでした。プリムラ セクンディプローラPrimula Secundifloraと一緒になっている景色は、忘れることができないほど美しいものでした。
今、多くの植物は人におびえてひっそりと暮らしているように思います。ここでは誰にもはばかることなく、あたり一面に花を咲かせている様子はプリムラの楽園です。
プリムラ シッキメンシスの種形容語であるSikkimensisとは、ブータンとネパールに挟まれたヒマラヤの辺境にあった幻の王国シッキムにちなみます。このプリムラはネパールから雲南南西部の高山の湿地に生えます。近くにプリムラ セクンディフローラが生えているのでこのプリムラの大きさが分かると思います。
葉の大きさは20~30cm、草丈は80cm程度もあります。大型でたいへん見応えのある宿根性プリムラです。長い花穂には10花以上の筒状の花を付けます。一つの花の大きさは2cmくらいでよい香りがあります。
辺りの岩場には桜色のプリムラprimula spが一面に咲いていました。この種の特定には至っていません。
前回と今回でプリムラ属のふるさとであるこの地域にはさまざまな種、さまざまな色合いのプリムラ属が群生していることをお伝えしました。一方、ヒマラヤや雲南南西部で生まれたプリムラは、はるかな旅を経て、東の果てである日本にたどり着きました。それがどのような旅であったかの考察はまだ先です。
次回は、日本に自生するいくつかのプリムラをご案内します。お楽しみに。