小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
遥かなるプリムラの旅路[その3] プリムラ属
2017/01/17
日本に自生するプリムラ属というと、皆さんはニホンサクラソウをすぐに思い起こすと思います。『家庭園芸』などのカタログにはさまざまな品種が掲載され、目を引きます。しかし、実際に自生地に花を見に行くと、大きな変異を見つけることは大変難しいのです。現在のニホンサクラソウの園芸品種群は、江戸時代から人の手によって母株の選抜が行われ、交配が繰り返し行われた結果生じたもので、文化遺産ともいえるものです。今週から2週続けてニホンサクラソウの他、日本に自生するプリムラをご紹介します。その後でテーマである「遥かなるプリムラの旅路」を考察したいと思いますのでお楽しみに。
埼玉県鴻巣市から吉見町に行くときには、荒川の御成橋を渡ります。ここの土手(堤防)と土手までの川幅は日本一の長さ2537mです。私の記憶では荒川上流に降った雨で、5年に一度くらい、一面に水があふれて海のような様相を示します。荒川は秩父山脈に源を持ち、北関東の水を一気に集めて氾濫を繰り返す川だったのです。その昔、そのような氾濫原には見渡すかぎり、ニホンサクラソウが咲き乱れていたと伝えられています。
荒川の下流域には、サクラソウがたくさん生えていたといいます。さいたま市にはサクラソウの自生地保護のため、4.1haほどがサクラソウ自生地として唯一、国の特別天然記念物になっている場所があります。その場所に実際に行ってみるとサクラソウが見渡す限りに生えている訳ではなく、一面にノウルシ(野漆)Euphorbia adenochloraトウダイグサ科トウダイグサ属が黄色い花を咲かせていました。おそらく荒川があふれることを繰り返す時代にサクラソウはたくさん生えていたのでしょう。
今は度重なる治水と開発によって、河川の周辺環境は大きく変わりました。サクラソウ自生地を保護する場所は、田島ヶ原という地名です。きっと荒川の中州に大きな島があって、湿地だったのだと思います。土質は細かい砂ですが、かなり乾燥していてプリムラが好む環境ではありません。サクラソウには土が乾き過ぎに思え、ノウルシの間に挟まれ、居心地が悪そうです。
サクラソウPrimula sieboldiiサクラソウ科プリムラ属はニホンサクラソウ(日本桜草)ともいいます。日本の他、朝鮮、中国など広範囲に自生するプリムラです。種形容語のsieboldiiとは、日本が鎖国の時代、長崎に滞在したドイツ人Philipp Franz Balthasar von Siebold(フィリップ フランツ バルタザール フォン シーボルト)に因んだものです。
サクラソウは、花弁が5つに分かれ、色形からまさしくサクラにふさわしい草です。東アジアの河川周辺などの湿った原野に生える宿根草で、地中に根茎を持ち、春に芽を出し、夏には休眠します。サクラソウには八重咲きも含め、さまざまな咲き方の違い、色も白、薄いピンク、濃いローズなどの数々の品種がありますが、野生種にはそれほどの変異は見当たりません。さまざまな品種は人間が品種改良をして作り出したものです。群落を見て回りましたが、白花がわずかに確認できました。
こちらは奥羽山脈、青森県の八幡平(はちまんたい)の谷地です。昨年は3度八幡平の植物を見に行きましたが、降りしきる雨に泣かされ、途中で引き返しました。八幡平には小さな白いサクラソウが生えているのです。画像に見える小さな白い点景がヒナサクラソウ(雛桜草)です。
ご覧ください。こんな小さな株で小さな白い花を咲かせるプリムラ属です。ヒナサクラソウPrimula nipponicaサクラソウ科プリムラ属。種形容語のnipponicaが日本を表すのはお分かりだと思います。
ヒナサクラソウは日本の東北地方特産で、草丈は5cm程度です。花の大きさは1cmほど、高層湿原や雪田などに生える多年草です。ほとんど水没して咲いている株もありました。
東の果ての日本にたどり着いたプリムラの花色は、ピンクもしくは白で他の花色はありません。
次回は「遥かなるプリムラの旅路[その4] 日本に訪れたプラントハンターがプリムラの女王と書き残したプリムラの話」です。お楽しみに。