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遥かなるプリムラの旅路[その4] プリムラ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

遥かなるプリムラの旅路[その4] プリムラ属

2017/01/24

幕末の江戸を訪れたイギリスのプラントハンター、ロバート・フォーチュンRobert Fortune(1812年~1880年)は、少年時代から植物が好きで植物関係の仕事をしたいと思っていました。ツンベルグの文献やシーボルトの『日本植物誌』などを読んで、東アジアの植物に興味を持ったといわれます。長崎に着いた彼は、サクラソウPrimula sieboldiiに名を残す、シーボルトの居宅を訪れています。今回はそのフォーチュンが、さくらそうの女王と呼んだクリンソウPrimula japonicaサクラソウ科プリムラ属の話です。

ロバート・フォーチュンの見聞録は『幕末日本探訪記 江戸と北京』(ロバート・フォーチュン著、三宅馨訳、講談社学術文庫)という文献になっています。歴史の好きな私は、この本が好きで何度も読み返し、本はボロボロになってしまいました。そこには、日本人の特性、時代の分岐点の様子、日本に生える植物の外国人評価など、私たちが当たり前と思っていることが、第三者の目でいきいきと語られているのです。

自国語のように日本語を話すシーボルトは、フォーチュンに次のように語りました。「私は日本人が好きだ、そしてお互いに尊敬している」と。フォーチュンはその千里眼で、日本人の著しい特長の一つは、何でもよいものはすぐに取り入れ、自分の物にすること、そして誰もが著しい花好きだと述べています。フォーチュンは、日本からはアオキの雄株やコウヤマキを本国に送り、中国からチャを持ち出し、インドに移植し、イギリスの茶産業に貢献しました。

フォーチュンはクリンソウの見事な花姿を見て日本の主要な園芸植物になると考え、サクラソウの女王と呼んだのです。草丈は50cm以上あり、大きな株では1m近くになります。世界のサクラソウの中でも最大級に豪華なプリムラの一つです。一株で多いものでは、50輪近く咲き、多花性で開花期は1カ月近くになります。しかし、フォーチュンの予想に反して、この植物はいまだに園芸植物として利用されずに山野草の一つに留まっています。

クリンソウPrimula japonicaサクラソウ科プリムラ属。漢字では九輪草と書きます。種形容語のjaponicaは日本産を表し、漢字名は五重塔などの屋根にある傘状の付属物に似ていることによります。確かに花が輪生して段々に咲く姿はそれを連想させます。

日本に特産して山地に自生し、小川やせせらぎなどの縁に生えている様子をよく見ます。クリンソウは大型で見応えのある花を咲かせて目立ちますが、高温に弱く、夏に強い日の当たる乾燥した土地では育ちません。水辺に生える植物なので、水切れに弱く、夏に広葉樹が日陰を作るような場所に植えるとよく育ちます。

さて、日光にある中禅寺湖は、男体山の溶岩による堰止湖(せきとめこ)です。標高1269mで、大きな湖では日本一高い場所にあります。湖畔林にはカラマツ、ウラジロモミ、ミズナラ、シラカバなどが生え、少し乾燥したカラマツ林の林床では、夏になるとシロヨメナが積もった雪のように群生します。ここでは梅雨の時期にクリンソウの群落が見られるというので、雨の中出掛けていくことにしました。

クリンソウの群落があるという、奥日光の千手ケ浜周辺は自然保護の観点から車が規制され、徒歩、船、専用バスでしか行くことができません。車窓から小川のあちらこちらにクリンソウが散見できます。バスから降り、森を歩くと妙な植生が広がっていました。やや湿った落葉広葉樹の下には一面のマルバダケブキが生えています。この植物は森の中で分散的に生えるのですが、大きな群落を作っていました。自然を保護しているはずのこの森の植生は、私にはなぜか単調で多様性に欠けて見えるのです。

千手ケ浜に近づくと野菜みたいな大きな根出葉から花茎を立ち上げてクリンソウPrimula japonicaが咲いていました。それはプリムラの女王と呼ぶにふさわしい壮観な眺めです。マジェンタ、サーモンピンク、ピンク、ホワイトなど見た目もうるわしいカラフルな群落です。

ここで絞り咲きのクリンソウを初めて見ました。この植物のカラーバリエーションにまず驚きました。

千手ケ浜のクリンソウ群落では、数えることができないほどの株が梅雨の盛りに花盛りを迎えていたのでした。それは、プリムラの故郷である雲南の高山などでは見る事のできない、多様な花色の眺めだったのです。

いかがですか。さまざまな色のクリンソウが、人が植えたのではなく自然に生えている様子です。きれいですね。しかしながら、私も植物家の端くれです。野生の植物には生存競争があり、単一種だけが優勢に地表を占めるのは難しいと思うのです。そして野生の植物には種としての優勢花色があり、自然界においてこのようなさまざまな色合いを持つ群落にはならないと思うのです。

次回は「遥かなるプリムラの旅路[その5 最終回]自然の中に生える不思議なクリンソウ群落とプリムラ属がどのような旅路の末に北半球に広がったのかを考察する」です。お楽しみに。

JADMA

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