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休暇をとって集めた 球果図鑑[その1]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

休暇をとって集めた 球果図鑑[その1]

2017/03/21

外遊びの好きな人にとって、樹木はよい友達です。どこにも行かないで、いつでもその場所にいて、何も言わないで迎えてくれます。そして四季折々に葉を茂らせ、花を咲かせて実を結びます。幹やその実にさわっているだけで緊張が解け、血の巡りがよくなった気さえするから不思議です。今回は数ある樹木の中で、今までに紹介していない東アジア的球果とその親分を概観してみましょう。

球果の説明は幾度かしましたので省きますが、裸子植物のうちマツ科やヒノキ科などの球果を付ける植物のことを球果植物といいます。今回は東アジアに生える球果植物とその球果を紹介していきます。名づけて球果図鑑です。この2年間、休暇を取って集めて回ったのでした※。

※球果の採集には敷地管理者の許可を受けて行ってください。特に植物園や公園の場合、植物採集は禁止されている場合がありますので、観察のみ行いましょう。

まずは球果らしい球果を付けるマツの仲間からです。クロマツPinus thunbergi(ピナス ツンベルギー)マツ科ピナス属の球果です。それは知らない人がいないほど有名です。クロマツは日本を中心に朝鮮半島南部に自生する、東アジアの海岸に生えるマツです。クリスマスリースなどに使うことができるので、きれいな実が落ちていたら集めておくとよいと思います。拾えばただですが、買えばえっと思うほどのお金を払うことになります。写真はクロマツのマツボックリですが、球果はその木の大きさや栄養状態、地域性、その木の性質によって大きさが相対的なのです。種形容語のthunbergiとは植物学者として高名なCarl Peter Thunberg(カール ペーター ツンベルグ)にちなみます。

クロマツは白砂青松のマツです。日本の海岸各地に自生し、植栽もされています。日本のクロマツ林で一番規模の大きいものは秋田県能代市にある風の松原だと思います。秋田県能代市は切り出した秋田杉が米代川によって運ばれる河口の町。西からの季節風が強く、一度火事が出ると町を焼き尽くすような大火事になります。歴史的にこの町は何度も大火を経験してきたのでした。西風によって巻き上げられる風と砂に悩んだ町の人々は、江戸時代から風よけにクロマツを営々と植えてきました。その面積は760ヘクタール、700万本に及びます。クロマツの幹が強風になびく様子が、風の松原という名前の由来かも知れません。

アカマツPinus densiflora(ピナス デンシフローラ)マツ科ピナス属の球果は、クロマツより小さな感じがしますが、球果の大きさで樹種の区別がつかないため、その木の下に行かないとアカマツのマツボックリと断言できません。アカマツは日本の他、朝鮮半島、中国東北部など東アジアに広く自生します。種形容語のdensifloraとは密生した花を意味します。

アカマツは幹が赤いのですぐに分かります。クロマツは海岸線に生え、アカマツはどちらかというと山地に多いと思います。しかし東北ではクロマツと同じに海岸線にも多く生え、一緒に生えている様子を見ます。その結果アカマツとクロマツの雑種、アイグロマツができることがあります。東日本大震災前の岩手県陸前高田市にはきれいな松原がありました。陸前高田市は陸地の少ない三陸にあって、比較的大きな平地を持つ活気のある町でした。あの東日本大震災の津波は、松原ともども町を飲み込んだのです。陸前高田市に立つ奇跡の一本松は、クロマツとアカマツの雑種、アイグロマツ(アカクロマツ)だったと言われています。

八重山諸島の道路に、妙な形をした変な物が落ちていました。マツボックリが落ちていたので、それを動物がかじった物だとすぐに分かりました。その様子はどこから見ても、誰が見ても、少し揚げ過ぎたエビフライです。マツの実は栄養価が高いので、動物にとって絶好の食べ物になっています。

リュウキュウマツPinus luchuensis(ピナス リュキュウエンシス)マツ科マツ属。写真の中央は沖縄県北部の今帰仁城に植えられたリュウキュウマツです。沖縄では2月にヒカンザクラが満開でした。リュウキュウマツはトカラ列島以南の海岸林や丘の頂上付近に自生しています。樹冠が平らに展開する特徴のあるマツです。種形容語のluchuensisは琉球を表すことが分かると思います。クロマツ、アカマツ、リュウキュウマツは、3種とも二針葉マツで2つの葉で1束の葉を付けます。

日本に自生するマツの中で一番大きな球果をつけるマツ、それがチョウセンゴヨウマツです。食品として売っている松の実は、種鱗(しゅりん)に2つ付くチョウセンゴヨウマツのタネです。チョウセンゴヨウマツPinus koraiensis(ピナス コーライエンシス)マツ科ピナス属。種形容語のkoraiensisは高麗を表します。

チョウセンゴヨウマツは中国東北部、朝鮮半島など東アジアに生えるマツです。日本にも自生しますが、見ることは稀だと思います。若い球果を握ると松脂(まつやに)でベタベタして大変でした。写真と球果は中国山東省、黄河のほとりで撮影、採取したものです。

日本に生える五針葉マツの球果です。写真は左からチョウセンゴヨウマツPinus koraiensis、中央がキタゴヨウマツPinus parviflora var. pentaphyllaです。キタゴヨウマツはゴヨウマツの北方系の変種です。本州中部以北の山地と北海道に自生するとされますが、針葉が長い、球果がやや大きいとされても、なかなか区別がつかないかもしれません。どの生き物も北方系は大柄です。種形容語のparvifloraとは小さな花を意味します。写真右はゴヨウマツPinus parviflora(ピナス パルビフローラ)です。マツの球果はどれも独特です。慣れてくると見たことのないマツでも、球果を見るだけで二針葉か、三針葉か、五針葉か、グループ分けができるようになります。

ゴヨウマツは海岸や平地林に生えるマツではありません。比較的高い山、森林限界近くの尾根筋など風通しがよく、やや乾いた場所で見ることがあります。5枚で1束になった針葉は短く、やや青く見えます。崇高な印象があるマツなので、昔から盆栽に利用されています。

最後に東アジアの球果ではありませんが、世界最大のマツボックリと言われるサトウマツPinus lambertiana(ピナス ランベルティアナ)マツ科マツ属を紹介します。このマツも五針葉マツであることはすぐに分かります。北米、太平洋西岸の山岳地帯に生える雄大なマツです。私が持っている球果の長さは33cm。最大の記録は60cmを超えるといいますので驚きです。いつの日かこの球果を付けるマツを見てみたいものです。

次回は「休暇をとって集めた 球果図鑑[その2]」です。お楽しみに。

JADMA

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