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連載

里山のランラン[後編] そんなことシラン

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

里山のランラン[後編] そんなことシラン

2017/05/02

悲しいかな、タネ屋のさがです。タネが付いているとどんな形状をしていて、どんな様子か確認しないではいられません。タネ屋を40年もやっていると、見ただけでどのくらいの容量なのか、どのくらいの重さがあるのか分かるのです。タネを見ればその植物が何なのか分かるのは当たり前です。重さ、質感、匂い、含水量が肌感覚で分かるがタネのプロです。

タネのうんちくを少し語りますが、そんなことシラン!と言わないで聞いてください。めしべの中にある胚珠が受精して種子になります。通常タネは、種皮、胚、胚乳から構成されています。胚は幼い植物体で、胚乳にため込まれた栄養で発芽します。タネの中には、胚乳にためる栄養を子葉にためる植物があり、無胚乳種子と呼ばれます。例えばエダマメ、ヒマワリ、ヘチマ、ドングリ類です。どこに栄養をためても、胚は種子に溜め込まれた栄養で発芽し、出芽できます。ランのタネも無胚乳種子です。ところが、胚乳に相当する栄養貯蔵器官はどこにもありません。

写真はシランの鞘(さや)と種子ですが、胚乳らしいものが見当たりません。シランのタネの大きさは1.5mm程度、大きさのほとんどは風に乗るための翼によるもので、中身の胚はほんのわずかです。通常、胚は小さな植物の形を凝縮した形をするものですが、シランの胚は細胞の塊でしかありません。シランのタネが発芽するには菌類の助けが必要なのでした。ランという植物を理解するにはキノコやカビなど菌類の知識が必要です。人間も菌類を利用するエキスパートだと思いますが、ランはその上をいきます。シランのタネはタネ内部に忍び込んだ菌糸を制御して、水や発芽に必要な養分をもらい、出芽に至ります。

古木に着生するセッコクです。セッコクDendrobium moniliforme(デンドロビューム ノニリフォーム)ラン科セッコク属。種形容語のmoniliformeはバルブが念珠状であることを表します。セッコクの北限分布は日本三景の松島です。岩手県から四国、九州を経て中国にまで分布します。セッコクは地上高い古木や岩に着生します。ランはタネを軽くするために胚乳を捨て、胚を未成熟にして、風に乗せてタネを遠くへ高く飛ばすのです。熱帯雨林の地上30mにも及ぶ高い木に着生しているランを見たことがあります。どこまでも不思議なランという植物です。

先ほどのタネの親、シランは私の知る限りにおいて、最も丈夫でよく増え、人の手荒な扱いにも屈せずに生育できる最強のランだと思います。シラン(紫蘭)Bletilla striata(ブレティラ ストリアタ)ラン科ブレティラ属。種形容語のstriataは細い溝、線を意味し、リップ(唇弁)に刻まれる条線を表します。

シランは日本の関東以西、台湾、中国など東アジアの人里近くに咲くランです。しかし、野生での自生を見ることはあまりありません。人間の開発行為によって故郷を奪われてしまったからです。シランの自生が減ったのは、種の弱さのためではありません。しかし、シランはへこたれません。新たなフロンティアを人家の庭に見つけ、雑草魂で今日も花を咲かせるたくましいランです。写真は千葉県の自生地の様子です。

ゴールデンウイークのころは行楽地だけでなく、森の中もにぎやかになります。身近な里山や雑木林ではエビネが咲き出します。エビネCalanthe discolor(カランサ ディスカラー)ラン科エビネ属が咲き出します。種形容語のdiscolorは、花被が2色に分かれていることを表します。

エビネは東アジアの低山の林床や、やぶに生える身近なランです。雑木林を歩くと、普通に目にすることができました。しかし以前にエビネブームがあり、投機の対象となって高い値段が付けられたのです。山林からの盗掘が横行し、自然界にあるエビネを見る機会が減ってしまいました。

ところが、近年エビネの無胚乳種子に人工的に栄養を与え、発芽させる技術が確立し、観賞用エビネの値段が大幅に下がり、投機の対象にならなくなったのです。今では素晴らしく美しいエビネが比較的安価で園芸店に並ぶようになりました。そのことによって自生するエビネの運命は好転したように思います。最近、里山を歩くとそれなりにエビネを見ることが増えたような気がします。もしかすると自生の回復だとすれば、とてもうれしいことです。

クマガイソウも低山や里山の林に生えるランです。日本では一番大きな花を付けるランで目立つので、商業的採取が相次ぎ、種の存続が危ない状況です。クマガイソウCypripedium japonicum(シュプリペデューム ジャポニカム)ラン科アツモリソウ属。種形容語はご存じ日本産を表し、北海道南部から九州に自生します。

クマガイソウは里山のランですが、ほとんどが人の保護観察状況に置かれています。クマガイソウは奇抜な葉と花を付け、生息条件を選び、人の採取圧力に耐えることができないため、行く末が心配なランです。

クマガイソウの近縁種タイワンクマガイソウです。タイワンクマガイソウCypripedium  formosanum(シュプリペジューム フルモーサナ)ラン科アツモリソウ属。種形容語のformosanumは台湾産を意味します。日本のクマガイソウより、艶っぽい色合いと形をしています。クマガイソウより作りやすいといいますが、自生地の台湾でも野生の生息に赤信号がともっています。

エビネの開花から1カ月遅れ、薄暗い林床ではサイハイランが咲いていました。サイハイランCremastra appendiculata(クレマストラ アッペンディクラーラ)ラン科サイハイラン属。種形容語のappendiculataとは付属物を表しますが、何が付属物なのか分かりません。サイハイランが咲いていたのは、神奈川県横浜市のスダジイなどが生える雑木林でかなり暗い場所でした。よく見るとサイハイランは葉を1枚しか出していません。この葉だけの光合成能力で、花を咲かす栄養を賄えると思えません。サイハイランは多くの里山のランランたちと一緒で、樹木と共生している菌根菌を巧みに利用しているのでしょう。

次回は「地獄の釜の蓋というすごい名前の付くかわいらしい植物」です。お楽しみに。

JADMA

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