タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

地獄の釜のふた アジュカ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

地獄の釜のふた アジュカ

2017/05/09

ヤエザクラが咲くと気温が安定します。春に植える野菜苗のシーズンが始まりました。野山では冬に小さくしぼんでいた多年草の草花が元気に葉を展開して、きれいな花を咲かせています。今回はそんな多年草の中で地被植物(グラウンドカバープランツ)として人気のアジュガの話です。

イチゴのように地面をはうように生育する性質をほふく性といいます。ほふく性の植物は地上に伸びる茎が立ち上がらず、地表をはうように横に広がり生育します。そうして伸びた茎の先に子株を生じさせて増えます。その伸びた枝をほふく枝(ランナー)といいます。セイヨウキランソウAjuga reptans(アジュガ レプタンス)シソ科キランソウ属。ヨーロッパなどに自生するアジュガですが、花色、葉色の違いなどでさまざまな園芸品種があり、春の庭の埋め草として人気があります。種形容語のreptansとはほふく性を表します。

ほふく性を持ち、地面を覆い、さまざまな葉色を備え、ある程度の日陰にも耐え、花もなかなかきれいなアジュガはどんな役でもこなせる名脇役といったところでしょうか。グラウンドカバープランツとして有用で、庭作りに便利な植物だと思います。

アジュガは世界に広く分布し、東アジアにもいくつか自生して春の野を彩ります。キランソウAjuga decumbens(アジュガ デクムベンス)シソ科キランソウ属。種形容語のdecumbensはおうがしたという意味です。別名を地獄の釜のふたといいます。

キランソウは本州以西、朝鮮半島、中国の丈の低い草むらや路傍、土手に生える身近なアジュガですので、見たことのある方は多いと思います。花の大きさは微妙に1cmに満たない小ささですが、青色のなかなかキュートな道端の草です。

キランソウは別名を地獄の釜のふたといいます。地表にふたのように広がり、茂るからだとか、全草に薬効があり、病気を治し、地獄の釜にふたをするという意味だとか、いろいろな説明があります。この植物は大きく広がっても30cm程度です。地獄の釜の大きさは不明ですが、一尺ほどでふたができるとは思えません。薬効説ですが、試しに食べてみました。シャキシャキ歯切れがよく、食べることができましたが普通の草でした。人を生死の瀬戸際から救うようには感じられません。残念ながら地獄の釜のふたという名前に関して、説得力のある答えは見当りませんでした。

※薬用植物にはそのまま利用する植物と加工して用いる植物があり、有毒植物に似た植物もあります。そのまま食用する場合は植物同定を注意して行う必要があります。

キランソウに似た植物が九州南部、沖縄や台湾などの海岸に生えています。それはヒメキランソウAjuga Pygmaea(アジュガ ピグメア)シソ科キランソウ属です。一般にヒメは基本種に対し小さなとか、かわいらしいとかの意味で命名するのですが、ヒメキランソウの方が、葉が硬く、大きく広がり、花も2mm程度大きくて立派です。

ヒメキランソウです。沖縄北部海岸の砂地に生えていました。潮風に対抗するため葉茎は硬く、クチクラ層が発達しています。地上にほふく枝(ランナー)をたくさん伸ばし、大きく広がります。紫色のしっかりとした、シソ科らしい唇弁花を上向きに咲かせます。大きさは1cmほど、紫花のほか白花、桃花も見ました。

キランソウは路傍の花ですが、ヒメキランソウはグラウンドカバープランツとして優れた性質を持ちます。海浜植物なので葉茎が丈夫で、乾燥にも強そうです。この植物は園芸的利用が行われてしかるべき能力があります。

暖地の海岸から里山へと移動します。横浜市は丘陵の多い地形です。そして開発が行われていない里山が離れ小島のように存在する地域もあります。そんな雑木林の明るい林床や林縁では、春になると日本固有のジュウニヒトエ(十二単)と呼ばれる、上品なアジュガ属が花を咲かせます。

ジュウニヒトエAjuga nipponensis(アジュガ ニッポンエンシス)シソ科キランソウ属。 種形容語のnipponensisは、日本の固有種という意味を高らかに宣言した牧野富太郎先生の命名です。全体に白い毛が密生し、銀緑の花姿です。茎は直立して、花穂の長さは5~8cmあります。

ジュウニヒトエは日本の本州、四国に生えます。自生する場所は里山や雑木林の明るい林床や林縁です。そのことがジュニヒトエに災いしました。都市近郊のこのような場所は開発され、宅地化などが進み、生息環境が狭まってしまったのです。残念ですが横浜でこの花を見ることはまれです。どこにでもジュウニヒトエが春になったら咲いていたということは昔話になってしまうのかも知れません。

早春、高尾山の登山道で突然、アジュガと思われる植物に出合いました。花の咲く時期にはまだ早いのですが、葉の葉脈が赤紫色なのでツクバキンモンソウに違いありません。ツクバキンモンソウAjuga yesoensis var. tsukubana(アジュガ エゾエンシス バラエティー ツクバナ)シソ科キランソウ属。母種は日本海側に分布するニシキゴロモAjuga yesoensis シソ科キランソウ属で変種とされます。葉色がきれいなアジュガ属の希少種です。

先週、偶然に家の近所の自然公園で、ツクバキンモンソウの開花に出合いました。横浜ではまれなこの植物があまりにも身近に生えていたので驚きです。道端、海浜、里山、そして山地、地域には地域のキランソウ属の仲間が生えています。明るい日差しが届きそうな草むらや林縁には、この時期ならきっと何かしらの美しい日本のアジュガが生えていると思います。散歩やハイキングなど春を見つけに行きましょう。

次回は「植物の違いを根で解説する『根拠』」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.