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風穴植物群[中編] オオタカネバラ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

風穴植物群[中編] オオタカネバラ

2017/06/27

今の若い方には信じられないかもしれませんが、昔、冷蔵庫は木製で上に氷を入れて冷やす箱でした。一般家庭に電気冷蔵庫が普及したのはつい最近の事です。ほんの60年ぐらい前の話です。白黒テレビ、洗濯機と合わせて冷蔵庫は三種の神器と呼ばれました。それほどこれらの電化製品は戦争で傷ついた人々に娯楽を提供し、家事労働にあけくれる人々に夢と希望を与えたのだと思います。

冷蔵庫のない時代、風穴は食糧品などの鮮度を保つ貯蔵に使われていました。福島県南会津郡下郷町の中山風穴地にはその時代の遺構が残されています。真夏日であったその日、そこは別天地。火照った体は見る見る冷えていきます。一体風穴から出てくる冷気はどれくらいの温度なのでしょうか。

電気冷蔵庫が普及した今、風穴貯蔵庫は使われていませんでした。今は風穴が体験できる施設として残っているだけです。安山岩を組んだ隙間からは冷たい風が吹き出しています。

その冷風温度は1度と読めました。仮説の通り、地下に氷の塊がないとこのような冷風温度にならないでしょう。この冷風が斜面のあちらこちらから噴出しています。この冷風が冷涼な高山でないと育たない植物を夏の熱気から守っているのでした。

風穴特殊植物群落6号指定地と呼ばれる、オオタカネバラ群生地に続く山道の様子です。足元から涼しい風が吹いてきます。

不用意に風穴に手を入れたときのことです。イラクサのとげが手にチクリ。その痛いこと、しかもその痛みはしばらく続くのです。本当にイライラする痛みです。昔の人は体験を元にこの植物の名前を付けたのがよく分かりました。イラクサUrtica thunbergiana(ウルティカ ツンベルギアナ)イラクサ科イラクサ属。日本をはじめ台湾、中国など東アジアの山地、谷筋など湿った半日陰の場所に生えます。茎や葉には針先のようなとげを持ち、アレルギー物質であるヒスタミンなどの液体を持ちます。これが素肌に触れると強い痛みをしばらく感じることになります。山では長袖、長ズボンの着用を、そしてこの草姿を見たら接触注意です。

地中からの冷気をよりどころに暮らす植物群がある場所は秋田県大館市にもあります。同じようにそこにもオオタカネバラがあります。オオタカネバラは、おそらく地球の氷河期に列島を南下して分布を広げ、温暖化に伴い北方に退き、冷涼な高山や冷風の吹き出す局所に残存したのでしょう。

オオタカネバラRosa acicularis(ローザ アシクラリス)バラ科バラ属。オオタカネバラの花は大きく、最大で7.5cmありました。小葉は3~7枚で少なく、鋸歯が大きく、葉先がとがるという特徴です。草丈は2m程度、花色は濃淡があり文字通りのローズ色、細い枝の先端に花を付けます。種形容語のacicularisは針を表し、オオタカネバラに針形のとげが花梗や茎にたくさんあることに由来します。

オオタカネバラが咲くと一面によい香りを漂わせます。それは香りに敏感なハチたちを呼び寄せるためです。香りは花弁などに局在し、蕾から花が開く朝方に放たれます。揮発性成分ですので完全に開くと失せてしまいます。オオタカネバラの自生は、草丈、花色、花、ガクの長さ、弁の大きさ、葉の形がまちまちで多様性に富んでいました。園芸種は栽培のしやすさ、観賞価値によって性質や形質が画一化されますが、野生のオオタカネバラではハチなどによって他家受粉が行われ、実生で繁殖をするので種としての強勢が保たれているのだと思います。

花が咲き終わり、10月になると果実が赤く熟します。大きさは約2.5cm、紡錘形という独特の形です。長い5本のガクがそのまま残り、愛きょうのある形をしています。どこかゆでだこに似ています。

こちらは北海道の海岸原野に咲くハマナシです。この植物のことは東アジア植物記(砂にうずもれて [後編] ハマナシ2016/01/21)でご紹介しました。ハマナシはこのような花と実を付けます。

海岸原野を歩いていると、変わった形質を持つハマナシの株に出会うことがあります。八重咲きの花を持つ株、紡錘形の果実を付ける株などです。バラ属は種間雑種ができやすいため、さまざまな園芸種ができたのです。写真に示すこれらの株が、自然のハマナシの変異なのか、北海道にも自生するオオタカネバラなどの交雑でできた雑種なのか興味があります。八重咲きのハマナシと普通のハマナシとは、香りの成分が大きく異なるとの論文を読んだことがあります。ハチの行動半径にオオタカネバラが生えていれば、雑種の可能性も考えられます。想像や仮説は自由に楽しくあるべきです。

オオタカネバラにはタカネバラという近縁種があります。タカネバラRosa nipponensis (ローザ ニッポネンシス)バラ科バラ属は、日本に固有の高嶺のバラです。種形容語のnipponensisは日本の本州を意味します。尾瀬や中部山岳地帯、四国の剣岳などに隔絶分布するバラです。オオタカネバラと比較して、やや小型で、小葉の数が多く5~9枚と比較的多く、細かい鋸歯があり葉の先がとがらないことを特徴にしています。タカネバラも氷河期の残存植物と考えられていて、オオタカネバラがこのバラの母種ともいわれます。

次回は「風穴植物群[後編] アカバナイチヤクソウほか」です。お楽しみに。

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