小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
柴胡、最高 ミシマサイコ
2017/09/19
三島と名前の付く植物はミシマバイカモとミシマサイコ。ミシマバイカモは前々回、話をした通りです。今回はミシマサイコについてご紹介します。切り花の添え花に使うブプレウルムという植物があります。黄色い小花がメインの花を引き立たせる名脇役です。この植物の属名ブプレウルムBupleurumを、日本語ではミシマサイコ属といいます。ミシマサイコは切り花ではなく、もっぱら漢方の生薬として使われ、柴胡(さいこ)といわれます。
三島宿は東海道五十三次で11番目の宿場町でした。江戸時代、ここを通る旅人は柴胡という薬を、家族や知人の健康のために買い求めたといいます。三島は良質な柴胡の産地であり、この辺り、駿河、遠くは相模野辺りまでの産物が集まる場所だったのでした。柴胡は他の地域でも生える野草ですが、三島で売られている柴胡が最も品質がよいとされたのです。
「三島の柴胡が一番よい。三島最高がミシマサイコの語源?」。おっと、これは私の冗談ですので、記録されないようにお願いします。
ミシマサイコの茎葉を乾燥させて刻んだものです。漢方では根を利用するのですが、葉なども同じ成分を含むためにこれらも有効です。漢方には2年以上育てたものを使います。太陽によく当たり、滋味を含んだ植物が薬になるのです。
柴胡は中国最古の薬物学書である『神農本草経』にも示される、有名な中医薬です。中国では漢方とはいいません。中国の薬学を漢方と日本でいうのです。肝臓の気血を整え、解毒作用を強め、熱や痛みを取るとされます。実際に飲んでみると、辛苦弱くして、良薬の味。体が温まるのが分かります。茶として何杯も飲めました。
ブプレウルム(Bupleurum)属は、主にユーラシア大陸に生える植物です。数多くの種類があります。写真は中国の荒野で見かけたブプレウルムですが、種は分かっていません。柴胡の柴は山にある灌木(かんぼく)です。胡は西域を表します。この植物は荒れ地や草原に生える宿根草、もしくは灌木なので、その生態を表しているのだと思います。降水量の多い日本は樹木を育むので、草原が継続して存在しにくい森の国。日当たりを好むブプレウルム属はすみにくく、分布は限定的でわずかな種しかありません。
園芸上ではブプレウルムというと、ツキヌキサイコBupleurum rotundifolium(ブプレウルム ロツンディフォリウム)セリ科ミシマサイコ属のことをいいます。種形容語のrotundifoliumとは丸い葉を表します。ツキヌキサイコという和名は、茎が丸い葉を突き抜けていることからの命名となっています。中央アジアから南ヨーロッパの草原に自生し、園芸植物として利用されています。
日本でミシマサイコを見つけようと思ったら、夏場の開花期でなければ見つけることはできません。花が咲いていないと、緑の草むらで緑の細い葉を持つミシマサイコを見つけることは至難の業です。キノコ狩りにはキノコの目を持つ必要があるのと同じく、サイコを見つけるにはサイコの目が必要です。この写真にミシマサイコが映っていますが分かりますか?
近くに寄ってみましょう。ミシマサイコBupleurum falcatum(ブプレウルム ファルカツム)セリ科ミシマサイコ属です。日本では本州、四国、九州。世界では朝鮮半島、中国中北部などに自生します。関東で見ることは少ないのですが、昔は神奈川県厚木市の原っぱにたくさん生えていたと記述が残っています。今でも九州の継続的に草原が維持される場所であれば、ミシマサイコを見ることができると思います。
ミシマサイコの花は夏から秋に咲きます。セリ科独特の複散形花序に黄色の小花をいっぱい付けます。
ミシマサイコの種形容語falcatumは鎌状を表し、この種の葉の形にちなみます。生の葉をかじりましたが、確かに薬臭い感じです。
根は2年以上生育した株から冬が来る前に掘り上げて、水洗いをしてから乾燥させます。そして生薬の柴胡となります。なんだか頼りない木の枝のような柴胡ですが、化学的医薬品が開発されていない時代には貴重な薬だったのでした。
今、三島近郊でミシマサイコの自生地を見ることは至難の業です。それは開発で草原が失われたこと、商業的に徹底して採取されたことが原因と考えられます。また近代医学が発達したことも要因だと思います。三島でミシマサイコが生えている場所があっても秘密にされています。この場所では絶滅が危惧され、保護観察下におかれる植物だからです。それでも三島の町ではミシマサイコをタネから育てる⽅々がいて、今にその歴史を伝えています。
次回は「猿桃[前編] マタタビ」です。お楽しみに。