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野生のスイートピー[後編] レンリソウ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

野生のスイートピー[後編] レンリソウ属

2017/11/07

レンリソウ属は森の植物ではなく、草原の植物です。草原環境の少ない日本では、この属の分布はわずかしかありません。レンリソウ属の当主レンリソウ、それは小さなスイートピーに見えます。

春にはサクラソウが生える、埼玉県にある荒川の河川敷、田島ケ原サクラソウ自生地です。初夏には草が人の背丈ほどに伸びていました。訪れる人は誰もいません。アシ原だけが広がっているようで、何の花も見られないだろうと思っていました。

何もなくはありませんでした。まず目に飛び込んできたのはチョウジソウです。全国で絶滅が危惧されるこの植物が、うれしいことにあっちこっちで花を咲かせているのです。チョウジソウAmsonia elliptica(アムソニア エリプティカ)キョウチクトウ科チョウジソウ属。属種形容語のelliptica とは楕円形という意味です。

さらにアシ原の小道を歩いていると、草むらの奥にチョウジソウとは違う青い花を見つけました。レンリソウです。レンリ(連理)とは違う木や枝が絡み合い、融合し、一体となることをいいます。レンリソウは巻きひげを出し、周りのアシに絡み付いて生育していました。

レンリソウLathyrus quinquenerviusマメ科レンリソウ属。種形容語のquinquenerviusは何と発音したらよいのでしょうか。属名を合わせ、ラチルス キュインキュネルビアスとでも読むのでしょうか。よく分かりません。種形容語の意味は5つの脈です。平行な葉脈が5つあるからでしょう。

レンリソウは本州、九州の他、東アジアの湿った草原に生えます。日本のように草原環境が維持されにくい国土において、失われようとする植物の一つだと思います。

レンリソウはスイートピーの原種であるLathyrus odoratus(ラチルス オドラツス)のように、優勢の花色は薄い紫でした。葉は羽状複葉で、先端が巻きひげになり、他の草に巻き付いて生育します。花は2cmくらいの大きさでかわいらしい花姿です。葉柄の付け根にある翼のような托葉も特徴の一つです。花弁は旗弁1枚、翼弁2枚、竜骨弁2枚の合計5枚あり、左右対称で蝶形花を付けます。

さて、こちらはちょっと変わったレンリソウ属です。イタチササゲLathyrus davidii(ラチルス ダビディー)マメ科レンリソウ属。薄黄色の花が終わると、花色がイタチのような茶色になるので和名をイタチササゲといいますが、ササゲではありません。偶数羽状複葉を持ち、先端が巻きひげになるレンリソウ属の特徴を有しています。種形容語のdavidiiは中国の植物を採取したフランス人宣教師、ダヴィッド氏にちなんだ命名です。日本を含む東アジア山地の草原や林縁などに生えます。

ヒロハノレンリソウLathyrus latifolius(ラチルス ラティフォリウス)マメ科レンリソウ属。種形容語のlatifoliusとは葉が広いことを表します。ヨーロッパ原生のレンリソウ属ですが、持ち前の丈夫さで世界中に広まりつつあります。マメ科植物は根に根粒菌を住まわせ、光合成でできる栄養を与え、代わりにアミノ酸や窒素成分を得ています。この共生によってマメ科植物は世界の荒れ地で生きていきます。マメ科植物は現在の地球環境に適応した成功者の一群です。

レンリソウ属も他の作物が育ちにくい環境において、貴重なタンパク源としてマメが収穫できるので作物に利用されたのでした。ところがレンリソウ属には、大量に食べた場合において、恐ろしい神経変性疾患を起こす毒が隠されていたのです。

Lathyrus sativa(ラチルス サティバ)マメ科レンリソウ属。和名はありません。種形容語のsativaは栽培されたという意味です。この植物は干ばつに悩む地域、食糧危機が頻発する地域でも育ち、マメが収穫できるので、他の作物が採れない場合の救荒作物としてヨーロッパ、西アジアや東アフリカ地域で栽培されてきました。しかし、レンリソウ属は多少なりとも神経変性疾患を引き起こす毒性アミノ酸を持っています。少量では無害といわれますが、数カ月にわたり主食として食べると、ラチリズムと呼ばれる神経疾患が生じ、膝下の永久的まひや子どもの脳に損傷を与えることが知られるようになりました。それは先進国では過去の出来事になったのですが、悲しいことに飢饉(ききん)になりがちな地域、それしか食べるものがない地域で今でも発生するというのです。よい香りとフリフリの姿が美しいレンリソウ属ですが、そんな悲しい現実があることも知っておこうと思います。

次回は「カエルのすみか ラナンキュラス」です。お楽しみに。

JADMA

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