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樟 or 楠[後編] クスノキとタブノキ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

樟 or 楠[後編] クスノキとタブノキ

2017/11/28

どうやらクスノキは漢字で「樟」と書くのが正しい、それが私の結論です。では、楠という漢字はどの植物を指すのでしょうか。この文字は日本で作られたのかもしれないと思い、調べてみました。日本で作られた漢字を国字というのですが、楠は国字ではなく、中国伝来の漢字でした。中国で楠はタブノキ属を指す文字です。

千葉県香取市に「府馬の大クス」と呼ばれる巨木があると聞いて出掛けました。「府馬の大クス」は利根川の下流域にある高台にあり、宇賀神社境内に生えています。樹高約20m、幹回りが約12m、樹齢1500年の見事な巨木です。

「府馬の大クス」は根元にあった石のほこらをのみ込み、異形な姿をしていて、見慣れているクスノキには見えません。この木の葉にはクスノキに特徴的な3本の太い主脈はなく、葉身は約12cmの細長、葉の特徴からはマテバシイのようにも見えます。

そして、葉は枝先にまとまって互生に付き、硬く、特徴的な冬芽を持っていました。「府馬の大クス」と呼ばれる巨木は、クスノキ(樟)ではなく、タブノキ(楠)だったのでした。タブノキはヤブツバキやスダジイなどとともに日本の照葉樹を代表する木です。照葉樹はどれも常緑の広葉樹、深い緑色の葉は丸く、ツヤツヤしているのでどれも似ているのです。タブノキの別名をイヌグスともいうので「府馬の大クス」と呼ばれたのでした。このタブノキは日本最大のタブノキとして、国の天然記念物に指定されています。

タブノキMachilus thunbergii(マチルス ツンベルギー)クスノキ科タブノキ属。 Machilus属はアボカドと同属のPersea(ペルセア)属とする場合もあります。種形容語のthunbergiiはリンネの後継者で東アジアの植物に造詣の深いCarl Peter Thunberg(カール・ペーテル・ツンベルク)にちなみます。タブノキを中国では楠と書き、日本では椨の木と書きます。椨は楠をクスノキに使ってしまったために作り出した国字だと思います。

多様な常緑広葉樹ですが、見る人によっては全部同じに見えるかもしれません。葉が細長く、革質で全縁、長い楕円形で先はとがり、基部はくさび状です。そして葉は枝先に集まって付くのですが、一番の特徴は大きな冬芽です。この冬芽を覚えるとタブノキが分かると思います。

寒い冬を越えるとタブノキは冬芽を開き、春に黄緑色の小花を一斉に開花させます。花期は短く、さっさと店じまいして実を付けます。

受精に成功した雌しべは直径1cm程度の実を付けます。緑の実は熟すと黒くなります。それはアボカドと同じです。タブノキはアボカドと近縁と聞きます。

宮城県南三陸の漁港できれいな姉さんがホヤを売っていました。買い求めてその場でさばいてもらい、食べたのですが、新鮮なホヤはまさに三陸の海の味がします。この売り場の名前は「タブの木 漁協直売所」といいます。

タブノキは照葉樹林帯の木です。東南アジア、中国南部から日本の沖縄、九州などの海岸林に多く分布します。熱帯収束帯で生まれた水蒸気がつくる照葉樹林帯の北限は、日本の東北にある宮城県です。それは青森県から海岸線を通る国道45号線を南下すると分かります。車の中から落葉広葉樹の森が照葉樹林の森に変わる様子が見てとれるからです。しかし、海岸縁や離れ小島では状況は変わっていました。タブノキの北限分布は三陸の離れ小島です。この漁港の先に見える小島には、熱帯、亜熱帯由来の照葉樹であるタブノキが生えていると聞きました。

ヒマラヤの西部から日本に至る照葉樹林の森。その下には共通の食文化も育まれています。チャ、コンニャク、シソ、ワラビ、大豆、その加工品である納豆、みそ、しょうゆなどです。写真は中国南部の朝ごはんに出た納豆です。この納豆という漢字も、どこかに間違いがあるように思えます。私たちが納豆といっている発酵食品は、豆を発酵(腐らせた)させたのだから、豆腐と呼ぶべきです。冷ややっこなどで食べる豆腐は、豆を箱に納めたのだから、本来、納豆だったのではないでしょうか。クスノキは楠でなく樟でした。楠はタブノキでした。大陸から文化を受容する過程において、言い間違い、書き間違い、伝言ゲームはたびたびあったのだと思います。

次回は「仏塔と槐[前編] エンジュ」です。お楽しみに。

JADMA

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