小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
仏塔と槐[後編] エンジュ
2017/12/12
エンジュStyphnolobium japonicum(スティファノロビュウム ジャポニカム)マメ科エンジュ属は、クララSophora flavescens (クサエンジュ)とよく似ていて、以前はクララ属とされていました。それは、クララ属において確認されている、空中の窒素固定を行う根粒バクテリアとの共生能力が、エンジュ属には欠如しているらしいのです。
クララ(クサエンジュ) Sophora flavescens(ソフォラ フラベスケンス)マメ科クララ属は、日本の本州、四国、九州の他、中国、朝鮮半島など、日当たりのよい草原に自生する多年草です。種形容語のflavescensとは、黄色がかったという意味で花の色にちなみます。エンジュと同じ奇数羽状複葉ですが、たくさんの小葉を持ち、丈は1.5メートルほどになり草原の中に飛び抜けて目立ちます。
クララは、5~6月にエンジュのような蝶形花を総状に付けます。全草が有毒。特に根が毒とされ、根をかじるとめまいがするほどくらくらするのでクララと名が付いたといわれています。
そんなクララを、よりによって食草にするオオルリシジミというチョウがいます。クララの減少とともに少なくなっている希少なシジミチョウです。
クサエンジュの次は、ハリエンジュ(針槐)の話です。日本では、ニセアカシアといいます。ニセアカシアRobinia pseudoacacia(ロビニア プセウドアカシア)マメ科ハリエンジュ属。属名は、北アメリカ原生のニセアカシアをヨーロッパに持ち返り広めたRobin(ロビン)親子にちなんだものです。種形容語のpseudoacaciaは、偽のアカシアという意味です。
ニセアカシアは落葉の高木で、花の観賞を目的に、明治時代日本に導入されました。
エンジュ属ではないのでハリエンジュという名前はいかがなものでしょうか? ニセアカシア、もしくは、ロビニアと呼ぶのが妥当だと思います。
しかし、通称でアカシアとも呼ばれているのは、ニセアカシアだということを皆さんはご存じでしょうか? 石原裕次郎が歌った歌謡曲「赤いハンカチ」は、北国が舞台の歌ですが、本当のアカシアは暖かい乾燥した地域の植物ですので、「あの娘が窃っと瞼を拭いた」のはアカシアではなく、ニセアカシアの方だったと推察されます。
ニセアカシアは、成長が早くよく増えます。薪炭材利用に向くそうですが、日本では蜜源植物として利用されます。アカシアの蜂蜜は有名ですが、これもアカシアではなく、ニセアカシアの蜂蜜です。
中国では、ニセアカシアを花の時期に花と蕾だけを採取して、道端市場で大量に売られていました。
市場でニセアカシアの花を購入して、料理屋に頼み、調理してもらうことにしました。
花は、葉や茎より栄養があるので、大陸では私たちより花をよく食べる習慣があります。食味は特になく、食感がよろしくありません。もう一度、食べたいと思うものではありませんでした。
さて、エンジュに戻ります。
何にでも順位を付け、格式を重んじる中国では、槐(ファイ)は位の高い樹木とされ、権威のシンボルにされています。槐位(カイイ)という地位は最高位の大臣のことをいいます。
エンジュは出世の木とされ、科挙の合格を祝って植えられたり、高位の役人の屋敷などに植えられていました。
槐(エンジュ)の漢字は、「木」辺に「鬼」です。風水で鬼門と呼ばれる北東に魔よけとして植えられるともいいます。
しかし、20メートルに育ち、四方に枝を広げるので、大きな屋敷ならともかく、日本の庭には向いているとは思えません。どちらかというと、環境汚染には強い特性を生かし街路樹、もしくは、公園植栽向きです。
エンジュの自生地には、面白い変種があります。龍爪樹Styphnolobium japonicum var. pendulum(スティファノロビウム ジャポニカム バラエティー ペンデュルム)といいます。この変種は、枝先が強い負の極性を持ちます。龍が大好きな中国では公園などに植栽されています。あまり高木とはならず2~3m程度のドーム型となって、雪で作るかまくらのような姿になります。
変種名のpendulum(ペンデュルム)とは、下垂したという意味を持ちます。龍の爪のように枝が垂れる樹形なので、龍爪樹とは言い得て妙な命名です。この木の下に入り、木を眺めると枝が密で、下に垂れているので大きな傘のような感じがしました。
エンジュは、7~8月に象牙色の小さな蝶形花を咲かせ、秋に実がつきます。中国北部に自生するエンジュは、蕾に抗酸化作用が認められるルチンを多く含むため、初めは薬として日本に持ち込まれたのです。
クサエンジュとも呼ばれるクララも、毒草であるにもかかわらず、根を乾燥して解熱や、鎮痛剤などに利用されます。
また、ハリエンジュと呼ばれるニセアカシアも、有毒植物ですが、蕾や花が利用されています。
薬用にするエンジュは、延寿(えんじゅ)にも通じ、漢方からの命名なのかもしれません。エンジュの蕾からは、止血や高血圧、動脈硬化予防に有効な薬が作られると聞きます。
現代医学や現代薬学が発達していなかったころ、植物たちはもっと人の健康に直接関わってきました。昔は植物たちを知ることが今よりもっと必要で、植物の力が重要であったに違いありません。
崇岳寺塔にある2000年の槐の巨木も単なる寺院樹としてだけでなく、人々が薬師如来にすがるように利用され、大事にされてきたのだと思います。
次回は「海石榴[その1] ザクロとヤブツバキ」です。お楽しみに。