小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
食香バラ(R)[その4] 玫瑰(メイクイ)を科学する
2018/02/20
バラ科バラ属は、ノイバラ節、モッコウバラ節、コウシンバラ節、ハマナシ節など10を超えるセクションに分類されます。 食香バラがハマナシ節に属することは、形態から見て分かります。では、食香バラがハマナシ由来の八重咲き品種であるかというと、それも違うようなのです。各地でハマナシの花弁を食しましたが、どれも苦く食用に適するものではありませんし、花の匂いも違います。食香バラの花弁の食味は、オオタカネバラに近く、香りは、カラフトイバラとハマナシの雑種に最も近いのでした。私の勘では、頼りにならないので、少し科学的に説明したいと思います。
花の目的は、花粉媒介者の虫たちを呼び込み、タネを結び次の世代に子孫を残すことです。一重咲きはしべが健全なので生殖に有利です。それ故に本来の野生のバラは一重咲きです。
オオタカネバラRosa acicularis(ローザ アシクラリス)バラ科バラ属は、東アジアの高山や寒地にまれに自生する北方系のバラです。このバラは、ハマナシと共に、食香バラの祖先であった可能性があります。
カラフトイバラRosa amblyotis(ローザ アンビリオティス)バラ科バラ属。日本では、中部山岳地帯にまれに自生し、北海道、そして中国東北部からカラフト、シベリアなどに生える寒地性の野生のバラです。香りも食香バラの紫枝によく似ています。このバラも食香バラの成立に関わった可能性があると考えています。
バラは、落葉性の低木です。冬になると葉を落とし休眠します。左側のカラフトイバラの幹は赤くとげが少ないのが特徴です。右側は、食香バラの紫枝(ズズ)です。この名前は、「冬枯れの枝が赤紫」という意味なのです。食香バラはカラフトイバラに似ているところもあります。
茨城県つくば市の農研機構(花き研究所)大久保直美博士の『中国のバラの郷 平陰のバラの花の香り』という研究論文があります。香気成分の採取実験は、現地の6月中旬に行われました。花の咲ききらない8分咲きの花を選んで行われました。ツイスターに花に装着して60分間香りを吸着させます。その後でガスクロマトグラフィーを使用して分析しています。以下は、博士の許可を得て、論文の引用もしくは、論文を参考に話を進めます。
上の表は平陰バラとハマナシ(ハマナス)の香気成分分析の結果です。英語なのですが、頑張って読んでください。バラの香りは、さまざまな香気成分がミックスされ発現します。食香バラの豊華(ホウカ)と紫枝(スズ)では、バラの甘い香りの主成分であるシトロネロール類が多く、ハマナシには少ないこと、逆にスパイシーな香りといわれるオイゲノールがハマナシに多いことなどが判明しました。
分かりやすくするために円グラフにすると、香り成分の構成がかなり違うことがビジュアルで分かります。
この論文の中で、大久保博士は以下のことを述べています。
「葉緑体DNAの解析およびフラボノイド組成の解析結果から、平陰を含む中国北部で栽培される玫瑰は、ハマナシとオオタカネバラの交雑種であることが示唆される。また、遺伝マーカーの解析によっても食香バラとハマナシは、別の分岐群である」ともいっています。
結果的に、平陰バラはハマナシとは違う系統で、野生種の交雑種の可能性が高くなりました。その交雑は自然に起きた交雑なのか、人為的な交配であったのかは不明です。また、カラフトイバラとの交雑種の可能性も排除したくはありません。いずれにせよ、平陰バラ研究所がこの地に、野生種があるといっている玫瑰の現地調査が待たれます。
もう一つ、この論文から分かったことがあります。それは、食香バラの食味に関することです。食香バラの花弁は食味よく、天ぷらや生のままジャムにして食べることができます。通常のバラの花弁は、苦く、えぐみもあり、ネチャネチャしていて食に適したものとはいえません。ところが、食香バラは、お茶にしたり、餡にしたりするのです。このバラはなぜ薬用や食用に適しているのでしょうか? それは、平陰バラとブルガリアローズのオイル成分の分析から分かります。
上の表は、平陰バラとブルガリアローズのオイルの香り成分を比較した円グラフです。かなりバラ精油成分も違うのが分かりますが、この表で見ていただきたいのは、Hydrocarbons(ハイドロカーボンズ)の量の違いです。Hydrocarbonsとは、直訳すると炭化水素のことです。もっと分かりやすくいうと、オイルに含まれるワックス(ワセリンなど)のことです。それが多い場合、口に入れたときに違和感を感じます。
平陰バラのオイルに含まれるHydrocarbonsの量が2.3%なのに対し、ブルガリアローズが二割以上、21.3%も含まれていました。おそらく、他の観賞用バラの多くも花弁を硬くして花持ちを重視しますので炭化水素が多いはずです。食香バラは、香料、薬用など食に特化したバラです。その食味が良好なのは、炭化水素(ワックス分)が少ないのが理由だったのです。
科学は、いろいろなことを教えてくれました。次回、食香バラの最終回5では、食香バラの栽培とその利用法について語りたいと存じます。
次回は「食香バラ(R)[その5] 栽培と利用」です。お楽しみに。