小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
スズメとカラスの間に[前編] ソラマメ属
2018/03/06
間もなく春分の日、日長時間が増えて草木も一斉に芽生えてきます。この時期は、近所を散歩するだけでウキウキしてくるのは私だけではないはずです。小さな子供がツクシやタンポポに目をやり、座り込んで眺めていました。大きくなっても同じことをしている人もたまにはいます。私もそんな世界の住人の一人。今回は、どこにでもあるけれどあまり気にしない、目に留まらない、極めて凡庸だけどなかなか味のある道端の草たち、ソラマメの仲間たちのお話です。
ソラマメは、ビシア ファバVicia fabaマメ科ソラマメ属。種形容語のfabaは、豆のラテン名です。古代エジプトやローマにおいてすでに作物として利用されていたといわれます。原生地は不明ながら地中海沿岸地域と推察されています。日本へは、さまざまな栽培種がそうであったように、遣唐使によって持ち込まれました。
ソラマメ属は、偶数羽状の複葉を持ち、多くは先端に巻きひげを持ちます。茎は四角、そして豆果のへそが長いのが特徴です。ユーラシア大陸とアフリカに100種以上の種が分布し、東アジアにも数多く見られます。
日本のソラマメ属で、どこででも見られるのがカラスノエンドウです。漢字で烏野豌豆と書き、発音はカラス・ノエンドウです。私は今まで、カラスノ・エンドウだと思っていました。春3月ごろから咲き始め旗弁が薄い赤紫、翼弁が濃い赤紫のツートンカラーの花を付けます。学名はVicia sativa(ビシア サティバ)です。種形容語のsativaとは、耕作された、栽培されたという意味を持ち 、農耕作物として利用された過去を持ちます。多くの秋まき一年草の作物と共に地中海沿岸地域から日本に伝えられたか、雑草として混じって広まったのだと思います。
カラスノエンドウは、実は正式な名称ではありません。正しくは、ヤハズノエンドウ(矢筈野豌豆)といいます。矢筈とは、矢の上部の弓の弦を受けるくぼんだ部分を指します。この植物は小葉の先端がへこんでいることを特徴にしているのです。そこには、小さな突起もあります。
豆果(とうか)は、熟すると黒くなります。これがカラスノエンドウといわれるゆえんだと思います。繊維が斜めに並んでいるのが分かりますか? 種子が熟し乾燥すると、莢の表皮繊維が縮んで斜めに割れタネを飛ばす仕組みです。
カラスノエンドウの近くでよく見つかるのがスズメノエンドウです。大きさは、カラスとスズメくらいの違いがあり、よく見ないと気が付かないくらい小さいです。スズメノエンドウ(雀野豌豆)Vicia hirsuta(ビシア ヒルスタ)マメ科ソラマメ属。日本の本州他ユーラシア大陸の温暖な地域に自生します。カラスノエンドウは、畑地の脇など比較的肥沃な土地でよく見られますが、スズメノエンドウは、駐車場の隙間、線路際など荒れ地を好み生える傾向にあります。
カラスノエンドウとスズメノエンドウの豆果の比較です。カラスとスズメくらいの大きさの違いがあります。スズメノエンドウの学名はVicia hirsuta(ビシアヒルスタ)です。種形容語のhirsutaは、毛深いという意味です。小さな豆果の表面にうっすらと微毛が生えているのが確認できます。
次は、カラスノエンドウとスズメノエンドウの中間の大きさにある、ソラマメ属を紹介します。全く冗談で名前を付けたとしか思えない命名です。カスマグサVicia tetrasperma(ビシア テトラスペルマ)マメ科ソラマメ属。種形容語のtetraspermaは、4つのタネを表します。豆果には、通常4個程度の種子が入るからです。本州から南で見られる道端の草ですが、カラスノエンドウやスズメノエンドウより、やや見つけにくいかもしれません。
左側の写真はスズメノエンドウ、右側の写真はカラスノエンドウです。その間にあるのがカスマグサ(中央)です。カスマグサは、カラスとスズメの中間的存在なのです。それ故に、カとスの間でカスマグサという訳なのでした。
ここまでは、通常の方なら知っているぞ!というかもしれません。これからは、マニアというか、この世界の住人にしか理解できないディープな世界にご案内したいと思います。
カラスノエンドウには、2つの変種が確認されています。見た目は、カラスノエンドウですが少し違います。ホソバカラスノエンドウVicia sativa subsp. nigra minorマメ科ソラマメ属。全体に葉が細く、葉の先端が矢筈になっていないのが特徴です。変種名のminor(ミノール)とは、小型を表します。確かに母種に比べ葉が細いため小柄に見えます。
次の変種は、探すのに苦労しました。一都三県を探した結果、見つかったのです。ツルナシカラスノエンドウVicia sativa subsp. nigra normalisマメ科ソラマメ属。変種名のnormalisは、通常の、ノーマルという意味ですが、どこがノーマルなのか判然としません。
植物はあるところには普通にあっても、ないところにはありません。植物探しには、根気と忍耐が必要なのです。「えっ、よく見えない」といわれる人がいると思います。
この写真が、ツルナシカラスノエンドウの証拠です。葉の先端が矢筈になっていて、小葉の先がつるになっていないのです。
この話を面白く読んだあなたもディープな世界の住人の一員です。春の野に出でて、草をかき分けてみましょう。
後編は、大陸のノエンドウと少し毛色の変わったソラマメ属のお話です。
次回は「スズメとカラスの間に[後編] ソラマメ属」です。お楽しみに。