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連載

種芋考(たねいもこう) ジャガイモ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

種芋考(たねいもこう) ジャガイモ

2018/03/20

ジャガイモSolanum tuberosum(ソラナム チューベローサム)ナス科ナス属。tuberosumの種形容語は、地下の塊茎を意味しています。Solanum tuberosumは、人間が作った栽培種で野生種ではありません。ジャガイモの野生種は、南アメリカ大陸中南部のペルーの高山高原に生えます。ジャガイモは高山植物なのです。アンデス生まれのジャガイモがヨーロッパを経由し、はるばる東アジアの日本にたどり着いたのは、1598(慶長3)年、江戸時代が始まる前でした。インドネシアのジャカルタ(ジャガタラ)からオランダ船によって長崎に持ち込まれたのです。 

今年もサカタのタネ ガーデンセンター横浜では、多くの種類のタネイモを用意しました。一番多いときは25種類ありました。春の家庭菜園は、ジャガイモ栽培から始まります。ジャガイモは冷涼な気候を好む野菜ですから、霜による凍害が避けられ、高温多湿になる前に収穫を終えるため、関東では2月下旬~3月のお彼岸までには植え付けを終えることを推奨します。

サカタのタネ ガーデンセンター横浜でタネイモを購入し、試食用に数件のスーパーマーケットを巡って買い集めました。タネイモは泥を洗い落とし、キャノーラ油(菜種油)で表面を磨きます。すると何ともいえないキュートな姿を見せるのです。しばらくは、その愛らしい素肌と形を眺めることにしましょう。一番手前にある、「インカのひとみ」というジャガイモは、本当に瞳のような模様を表面に現します。もうおかしくて食べる気にもなれません。

ジャガイモは、世界で最も多く作られるイモ(塊茎)です。その生産量は、3億トン以上もあり、人々を支える作物の一つです。日本では、1年間に平均して一人25kg程度の消費ですが、イギリスでは一人100kg以上が食べられています。驚くことに19世紀から20世紀のドイツでは年間消費量が300kgに達したと記録にあります。現在でも東欧での消費量は、一人当たり年間170kgを超える国もあり、小麦と共に重要なエネルギー源になっています。手に持っているジャガイモでちょうど100gです。年間170kgというとこれくらいのイモを1700個、1日に4個強を食べる計算です。

日本で一番有名なジャガイモといえば、写真の3種でしょうか。「男爵薯(だんしゃくいも)」というジャガイモを皆さんは知っていると思いますが、本当は「男爵薯」という品種ではありません。Irish Cobbler(アイリッシュ コブラー)という品種を、1908(明治41)年に川田男爵が海外から取り寄せ日本に広めたのです。そのジャガイモの商品名というか通称名が「男爵薯」なのです。ホクホクとした食感でおいしいジャガイモなのですが、くぼみが多く皮がむきにくいこと、病害虫に弱いなどの欠点もあります。

「男爵薯」を母親にして、日本で改良されたのが「キタアカリ」です。耐病虫害性があり、「北の大地を線虫被害から守る希望と明るさ」との思いを込められ「キタアカリ」と命名されました。「男爵薯」よりさらにおいしく甘みがあり黄色い肉色です。イモ肌が荒れているので見た目はよくないのですが、日本人の嗜好に合った人気のジャガイモです。

「男爵薯」、「キタアカリ」の煮崩れしやすい欠点を補うのが、おなじみの「メークイン(五月祭の女王)」です。肉質が硬く煮崩れしにくい長所があるのですが、味は淡泊です。

数あるジャガイモの中で、味、食感で特異性を示すのが、日本生まれのアンデスイモである「インカのめざめ」です。それは、ジャガイモの味を超越しているとしかいえません。まさに栗の風味で一度は食べてみるべき品種といえます。南米アンデスの在来種である小粒種(2倍体)を母親にして、海外のジャガイモ栽培種の半数体を交配して作られた食味重視の品種です。小さなジャガイモで収量が少ないこと。病虫害耐性がないことなど、欠点も多い品種ですが、ジャガイモを主食ではなく、副食(おかず)と考える日本ならでは品種だと思います。

ジャガイモの野生種は、2倍体です。作物としてのジャガイモは、倍数体の4倍体です。細胞に通常の2倍の染色体が格納されるため細胞の一つひとつが大きくなり全体の重量、体積も増え作物に適するようになったのです。
写真の右上が4倍体の「男爵薯」。左下から「インカのめざめ」、その改良系である「インカルージュ」、「インカのひとみ」です。左上と真ん中はサツマイモとその断面ですが、サツマイモと比較しても、「インカのめざめ」の断面の黄色は際立ちます。実は、「インカのめざめ」は、活性酸素除去機能を有するカロテノイド色素ゼアキサンチンを特別に多く含むのです。その量は、同じ色素を含みクリイモと称される「キタアカリ」の7倍の量です。

長楕円形のジャガイモを3つ並べてみました。いずれも煮崩れしにくいという特徴があります。写真の右側から「メークイン」、「レッドムーン」、「シェリー」です。「メークイン」は語るまでもありません。中央の「レッドムーン」は、サカタのタネが開発しました。特徴的な赤い皮を有していて、家庭菜園で作りやすい品種です。果肉は黄色でしっとりしていて甘みがあります。芽が出やすいので貯蔵には向かないかもしれません。左は、フランスで育成された「シェリー」という品種です。赤皮で表面には真珠のような光沢があります。芽が浅く皮がむきやすいように育成されています。

こちらは、やはり食味重視の日本的品種です。写真の右側は「アンデス赤」です。この品種は、日本の在来種を母親にアンデスの原種である2倍体を掛けて作られた3倍体です。赤い皮で中は黄色、肉質はホクホクとしたおいしさです。春作、秋作が可能のマルチタレントですが、芽が出やすく貯蔵性がないのが欠点だと思います。左の紫色をしたジャガイモが、「ジャガキッズパープル」です。キリンビールが「アンデス赤」の欠点を克服するために作った品種です。紫の色合いがきれいで、見た目で楽しめます。このジャガイモを切ると果肉は黄色で道管の部分にも紫色の色素がにじみます。食味も良好で楽しいジャガイモだと思います。やはり「アンデス赤」と同様に芽が出やすく貯蔵には向きません。

一見、サツマイモを連想させる「ノーザンルビー」です。大型で不規則な長楕円形をしています。このような大きさで長楕円形をしているジャガイモは上下で切り分けてタネイモにするのが人情かもしれません。下部分にへそがあり、そこで地下茎がつながっていました。ジャガイモは、へそとは反対側の先端部分に芽を多く出しますので、へそと先端で切り分けると、芽が多く出るジャガイモと少ないジャガイモ、もしくは芽が出ないジャガイモができる可能性があります。このようなジャガイモは、左右に切り分けるのがセオリーになります。

写真の右側は、「ノーザンルビー」です。果肉はピンク色をしていて、加熱してもあまり色が変わりません。食べると甘みがありおいしいジャガイモです。左側は、「シャドークイーン」という長楕円形で紫色の皮色をして果肉も紫です。両方とも、カラフルな色彩が楽しいジャガイモです。「シャドークイーン」でポテトサラダを作ったというお客様がいました。このジャガイモは加熱すると紫から青い色に果肉の色が変化します。青いポテトサラダは一体どんな味と心象を醸し出すのでしょうか?

緑色のきれいなジャガイモ!ではありません。ジャガイモは、栽培中、もしくは収穫後に光が当たると有毒アルカロイドのソラニンなどが生成されます。元々は“アンデスの毒イモ”という過去をジャガイモは持っていることを忘れないでください。緑のジャガイモは食べてはいけません。ソラニンは強いえぐみを持ち中毒を起こしますのでご注意を。

丸形になる、カラフルジャガイモを集めてみました。写真の右上は、「あかね風」という品種です。ジャガイモYウィルス抵抗性、シストセンチュウ抵抗性を持つ最新版のジャガイモです。味はしっとり甘く、サツマイモの金時イモに似ています。左上は、疫病、シストセンチュウなどの耐病虫性を重視した品種で「さやあかね」といいます。下の左右は、紹介が終わっている「ジャガキッズパープル」と「アンデス赤」です。

写真の右側から「シェリー」、「ディンキー」、「チェルシー」、「シンシア」、「アローワ」というフランスで育成された品種です。どれも芽が浅くむきやすい合理的な形状をしています。おそらく機械で皮をむくことを前提に改良されてきたに違いありません。フランスのジャガイモはどれも私たち日本人には淡泊な味に感じます。
ジャガイモを主食にする地域にはその地域の、おかずにする地域にはそれに見合った品種があります。ジャガイモの品種は、世界にどのくらいあるのでしょうか?その数は定かではありませんが、数千の規模だと思います。ジャガイモは4000年とも5000年ともいわれるアンデス文明を支えてきました。そこには作物化されていない野生のジャガイモがたくさんあると聞きます。作物化されたジャガイモは、世界の各地で人類を支えています。欧米には欧米の、東アジアにはその地域に適合した品種が生まれてきました。その歴史と品種数は、見て、味わうだけでライフワークになる量です。私たちはいったいどれだけのジャガイモたちに出合うことができるのでしょうか?

次回は「和風な春の妖精 ヒトリシズカ」です。お楽しみに。

JADMA

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