小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
風の花[前編] Anemone(イチリンソウ属)
2018/04/03
この冬は例年にない寒さでした。多くの植物たちが寒さで凍える中、平気で花を咲かせていたアネモネたち。この子たちは、凍りついた大地から花首を持ち上げ、うっすら積もった雪の中からも花を咲かせるほどの耐寒性を持っています。おまけに、風雨にも強いアネモネは、冬花壇のスーパースターだと思います。ギリシャ語で風のことをanemos(アネモス)といいます。風と姉ですから、おしゃれな“北風姉さん”というのが、私のアネモネのイメージです。原色の花びらと黒の花芯とのコントラストが強烈なアネモネですが、東アジアのアネモネたちは、春の一瞬に花を咲かせたかと思うと消えて、再び長い眠りにつくようなはかない草花ばかりです。
通常、園芸的にアネモネというと、園芸店で売られている、ボタンイチゲAnemone coronaria(アネモネ コロナリア)キンポウゲ科アネモネ属のことをいいます。この植物は、地中海沿岸地域の原野に自生する植物です。新約聖書の時代から知られた植物ですが、19世紀には八重咲きの「セントブリジッド」、一重の「デカン」などが生まれました。それらは、Anemone fulgens(アネモネ フルゲンス)など、他の野生種との自然交雑から育成されたと考えられています。
20世紀になるとこれらの品種を元にして、雑種強勢理論によってわい性で鉢物用、花壇用の「ポルト」が、切り花用の「モナリザ」が開発されました。一代交配のポルトシリーズは強健な品種で、寒さを苦にしないで開花します。そしてタネまきから1年目に開花するほどの早生種です。「セントブリジッド」などの従来の品種は球根を購入し育てるのが一般的です。
球根から育てた「ポルト」は、1月から5月まで開花を続けました。特に4月の開花は爆発的です。1株で50輪程度の継続開花数を確認したことがあります。
さて、東アジア的アネモネ属のお話です。アネモネ属は主に北半球の温帯、亜寒帯に分布している多年草で、身近なやぶや山地樹林の下草として自生しています。アネモネ属の花びらに見えるのはがく片で5枚を基本としています。雌しべが多数あり、雄しべも多数です。アネモネ属のことを、和名ではイチリンソウ属といいます。まずはイチリンソウから、話は始まります。
イチリンソウは宮城県以南の本州、四国、九州と比較的温暖な地域に自生します。落葉広葉樹林下で木漏れ日が当たり、地下水位が高い北側や東側の斜面林に生えます。自生数そのものが少なく、宅地開発などの環境破壊で、各地で絶滅の危機に瀕している春の妖精の一つなのです。
イチリンソウAnemone nikoensis(アネモネ ニコエンシス)キンポウゲ科イチリンソウ属。種形容語のnikoensisは、栃木県の日光を意味します。花茎が1本伸び3枚の葉が輪生して付きます。
草丈は20cmほどで日本に原生するこの属の中では大型です。小葉は羽状に切れ込む3出複葉、春4月ごろ葉の中央から4cm程度の花を一つ付けます。
次は、日本をはじめ、広く東アジア北部に生えるニリンソウです。里山のやぶや、都会の雑木林の片隅など、意外と身近な樹林下に生えますので、最も身近なアネモネといってもよいと思います。
ニリンソウAnemone flaccida(アネモネ フラッキダ)キンポウゲ科イチリンソウ属。和名のニリンソウは、輪生する小葉の間から通常二つの花を咲かせるからです。落葉広葉樹の樹林下、春の柔らかな日差しが差し込む場所に、ニリンソウはしばしば群生し花を咲かせます。
小葉の間から二つの花を咲かせるニリンソウですが、必ず2輪付くわけではなく、お一人様もいます。それでもニリンソウです。種形容語のflaccidaとは、軟弱でふらふらしているという意味を持ちます。ニリンソウは、春早く落葉広葉樹の下に、日差しが差し込む間だけ葉を展開して花を咲かせ、実を結び地上から姿を消します。そのような妖精たちは、丈夫な上部構造を作っている暇がありません。春に降った雨を吸い込み水の膨圧で体を支えるのです。種形容語は、ニリンソウの形態をよく表します。
次回は「風の花[後編] Anemone(イチリンソウ属)」です。東アジアのイチリンソウ属の話題はもう少し続きます。お楽しみに。