小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
紫の一族[後編] ムラサキ科
2018/06/12
いよいよ後編は、海岸に生える紫の一族に迫ります。それは、スナビキソウとモンパノキです。両方とも陸と海の境界線に生え、海流で種子を分散させる植物で、面白いことに北と南にすみ分けているのです。今まで、スナビキソウとモンパノキは、同じムラサキ科スナビキソウ属 Messerschmidia(メッサーシュミディア)属に分類されていましたが、DNA分析の結果、今ではキダチルリソウ属Heliotropium(ヘリオトロピウム)に変更されました。
日本の園芸店で見られるヘリオトロープと呼ばれる植物には2種類あります。キダチルリソウHeliotropium arborescens(ヘリオトロピウム アルボレッセンス)ムラサキ科キダチルリソウ属。この種は強い芳香性でバニラの香りがします。南米のペルーに原生し、その昔、香水の原料になりました。
一方で、花を観賞目的にするために育成されたのが、ヨウシュキダチルリソウHeliotropium europaeum(ヘリオトロピウム ユーロパエウム)ムラサキ科キダチルリソウ属です。南ヨーロッパから、西アジア、北アフリカなど広域に自生する植物で、根際から分枝をして低木状になります。茎や葉に細かい毛を密生させ、頂点に3mm程度の小花を多数咲かせます。園芸店でよく売られていて、香りが少ないと思ったら、この種だと思います。後編で話題にするスナビキソウもモンパノキも、このヘリオトロープのグループになりました。
さて、日本のヘリオトロープのお話です。場所は、宮城県気仙沼です。6月になっても三陸の海は肌寒く、オホーツク気団から吹き付ける冷たい北東風によって海霧が立ち込めていました。
陸と海の境界線は、高潮の際には波に洗われる場所です。そこは、塩分に対する耐性を獲得した植物しか生育できません。毎日、潮で洗われる渚から少し離れた場所、陸地と海とがせめぎ合う場所にスナビキソウは生えていました。
スナビキソウHeliotropium japonicum(ヘリオトロピウム ヤポニカム)ムラサキ科キダチルリソウ属。種形容語のjaponicumは、日本のヘリオトロープという意味です。花に鼻を近づけてみるとよい香りがしました。スナビキソウは、漢字で砂引草と書きます。太く長い地下茎で株と株がつながっています。
スナビキソウは、草丈が25cmくらい、全体に白い毛を密生させて初夏から夏に葉腋から短い花茎を立ち上げ、漏斗状の白い花を咲かせます。花の大きさは1cm弱、花弁は5裂し中心が黄色です。雄しべ5本、雌しべは1本です。
ヤマセが吹く肌寒い三陸の海から、お話は青い海が広がる東シナ海に移ります。この海岸には、常緑低木~小高木のムラサキ科の植物であるモンパノキが生えます。
モンパノキHeliotropium foertherianumムラサキ科キダチルリソウ属。種形容語のfoertherianumは、人名にちなみます。モンパノキは、南西諸島を北限にして亜熱帯、熱帯アジア、オセアニアの海岸に生える茎が柔らかい樹木です。西表島の砂浜ではアダンなどと共に陸と海の境界線に位置していました。
モンパノキの生息環境は、砂浜だけではありませんでした。岩だらけの磯海岸にも根を伸ばしていました。どこも、塩水飛沫がかかる塩っぽい場所です。強烈な太陽光線が照り付ける場所、他の植物が生息できない特殊な環境をモンパノキは好みます。
モンパノキは、熱帯の植物らしく、開花期は不規則です。花を咲かせている株、実の付いている株が同じ時期に散見されます。花は、小さく5mm程度の白花です。
ムラサキ科植物の茎葉を近くで見ると、どれもかなり毛深いのです。モンパノキの葉にも細かい白い毛が密生していて、塩分飛沫が地肌に当たらないようになっています。
ムラサキ科の海浜植物である、スナビキソウやモンパノキも全身に白い毛をまとい、塩分を防ぐ機能を開発しました。そして、タネが水に浮く特性を持ち、海流を利用して分布を世界的に広げたのです。
スナビキソウは、古い学名をMesserschmidia sibiricaといい、種形容語のsibiricaがシベリア産を示すように、九州北部から、東アジア東岸に沿ってシベリア、そしてヨーロッパへと向かう北航路をたどりました。
モンパノキは、九州の南にある南西諸島から東アジアの東岸に沿って、亜熱帯、熱帯の島々に渡る航路をたどっていきます。北の旅人と南の旅人は、東アジアの日本で袂を分かったのでした。
次回は「Plant of Kunming [その1] 含笑」です。お楽しみに。