小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
Plant of Kunming [その5] 滇国(てんこく)の香り ルクリア
2018/07/17
別名アッサムニオイザクラというアカネ科ルクリア(Luculia)属は、世界に5種分布し、雲南省には3種が原生しているといわれています。雲南省はルクリアの分布の中心であり、中国では滇丁香(テンチョウコウ)と呼ばれています。雲南林業大学では、国家資源であるこの植物の産業化を目指しているのですが、上手に栽培することができないそうです。
大きな花房、優しいピンクの色合い、そして何より甘く優雅な香りを放つルクリアは、多くの人に愛される植物の一つです。しかし、そのルクリアを園芸植物として流通させているのは、世界でただ1国しかありません。それは私たちの国、日本です。園芸の先進国であるヨーロッパやアメリカもこの植物に興味を示すのですが、ルクリアは、園芸的知識を総動員し、かつ微妙なテクニックが必要な栽培が難しい植物なのです。仕事を平準化してオートマチックに栽培する欧米のビジネススタイルに合いません。
サカタのタネが先駆的に日本に紹介して以来、ルクリアは勤勉で研究熱心な日本の優秀な農家さんが品種改良と栽培技術を磨いてきた日本の園芸植物なのです。中国には資源はあるものの、商品を作ることができないため、中国科学院昆明植物園と雲南林業大学が、日本のルクリア農家を招待してその技術を学ぶための会合を開催しました。中国科学院昆明植物園と知己の間柄である私もアドバイザーとして一緒に招待されたのです。
ルクリア属は世界に5種といわれていましたが、将来は整理され3種になると思います。雲南省には、Luculia pinceana(ルクリア ピンセアナ)、L. gratissima (ルクリア グラティッシマ)そして、L. yunnanensis(ルクリア ユンナネンシス) 3種とも原生しています。その中でも、最も花が大きく生育旺盛なルクリア ユンナエンシスは雲南省の特産種です。
雲南省の麗江(れいこう)市で見かけた低木状のL. gratissima(ルクリア グラティッシマ)です。そこは、ヒマラヤ山脈と中国横断山脈が出合う場所。冬でも寒くなく、夏でも暑くない常春のような地域であるヒマラヤ周辺と雲南省の地がルクリア属の故郷です。
ルクリア属は、野生状態であっても十分に美しい花です。しかし、生息量は少なく、数えるほどしか野生の原種が残っていない希少種の一つになっています。
雲南省の高原試験場では、ルクリアの栽培実験をしています。
現在の課題は以下の通りです。
1. 野生種の収集と選抜
2. 交配による育種
3. 光周性を利用した開花時期の調整
4. わい化剤を用いた鉢物栽培技術の確立
5. 茎腐病をはじめとした病害防除技術の開発
L. gratissima(ルクリア グラティッシマ、左側の濃い花色)とL. pinceana (ルクリア ピンセアナ、右側の薄い花色)の栽培風景です。わい化剤の濃度が濃過ぎるめ、葉が縮れて奇形になっています。濃度をもっと薄くするようにアドバイスをしました。
試験場の中には、L. pinceana (ルクリア ピンセアナ) の白花や切り花に向くものなど、さまざまな特徴を持った品種が集められていて、原生地ならではの多様なルクリアがありました。
試験場で一番有望に思えたのは、雲南省の特産種であるL. yunnanensis(ルクリア ユンナネンシス)です。 L. gratissima (ルクリア グラティッシマ)と比べると花の大きさは一目瞭然です。私には、この品種が倍数性を獲得したL. pinseana(ルクリア ピンセアナ)のように見えます。倍数体になると環境耐性が高まり生存に有利になることが知られています。
ルクリアは、短日開花性を示します。開花促進には短日を、抑制栽培には長日を与えれば開花期調整ができます。1日の日長を10時間に設定して花芽が十分に形成されてから処理を終えることが栽培技術の要なのです。この結論は、試験場のスタッフと議論を重ねて明らかにしました。
この試験場では他に面白い育種が行われていました。それは、チユウキンレン(地湧金蓮)Musella lasiocarpa(ムセラ ラシオカルパ)バショウ科ムセラ属の育種です。雲南省の花としてあまりにも有名なこの植物は、バショウ科ならではのバナナ状の果実ができます。皆さんは、食べたことないかもしれませんが、これが甘くておいしいのです(多少渋みがある)。この種は黄色のガクしか知られていませんでしたが、この試験場では育種して他の花色が出現していました。
写真の花色は、オレンジです。他にサーモンや赤色など。とても興味深い育種です。
今回、雲南林業大学の先生たちと旅をして中国の方々の花好きに共感を覚えました。その昔、中国は花の育種では世界の中心でした。ボタン、シャクヤク、キク、ウメなど、例を挙げれば切りがありません。しかし、不幸にして東アジアは歴史に翻弄されてきました。
日本人は、花好きな国民性です。中国人もまた同じです。ルクリアの研究をしていた中国の先生は“花バカ”でした。似たもの同士、言葉は通じなくても心は通じます。本場中国でルクリアの栽培が産業になるように応援したいと思います。
次回は「Plant of Kunming [その6] 楊梅(ヤマモモ)」です。お楽しみに。