小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
鳳凰の木 青桐(あおぎり)
2018/10/02
50cmほどの葉柄に30cmを超える大きな葉を付けるアオギリ。堂々とした腰回りと風格を持つ落葉性の高木です。この植物の中国名は、梧桐(ゴトウ)といいます。中国において紀元前に作られたとされる詩経には、「鳳凰は梧桐にあらざれば栖(す)まず」と記されています。今回の東アジア植物記は古代の人々が神様の止まり木としたアオギリについてのお話です。
アオギリFirmiana simplex(ファルミアナ シンプレクス)アオイ科アオギリ属。和名は、桐(キリ)の樹姿に似ていて、さらに木の幹が青い(緑色をしている)ことによります。この植物は、恐らく幹でも光合成をしているはずです。属名の Firmiana は人名にちなみ、種形容語のsimplex は単性(雄花、雌花のいずれか一方だけを持つ)という意味を持ちます。それは、アオギリが花房の中に雌花と雄花を分けて単性させることによります。
アオギリは、日本ではキリ(桐)と混同されているように思います。豊臣秀吉や日本国政府の紋章として使われるキリの葉は、どう見てもキリの葉に見えず、アオギリの葉だと思います。また、花札のキリの絵札に鳳凰が描かれていますが、伝説上、鳳凰がすむのはキリではなくアオギリですから、つじつまが合いません。
初夏にアオギリは、大きな円錐状(えんすいじょう)の花房をたわわに付けます。それは、雄花と雌花が入り混じった小さな花を付ける集合体です。
アオギリの花は、高い場所に咲くので花を間近で見るのは至難ですが、小さな花が密生しているのが分かります。赤ちゃんのおしゃぶりみたいな蕾に奇妙な花をアオギリは付けます。
雄花をアップにしたのがこの写真です。大きさは1cmほどしかありません。この花を見たときに何かに似ていると思いました。
アオギリは、今までの植物分類体系では、アオギリ科になっていました。近年新しく発展したDNAの塩基配列の研究から、植物分類体系が見直されアオイ科に変更されたのです。左の写真は、アオイ科のハマボウ、中央は同じくアオイ科のムクゲの花弁を除去したものです。右のアオギリの雄花の写真と比較するとアオイ科に変更されたのも納得がいきます。アオギリの雄花は、花弁がなくがくと雄しべだけの構造です。
雄花があらかた店じまいをするころ、やっとヒロイン(雌花)が登場します。アオギリは雄花が先に咲くようです。雌花には、子房がはじめから付いています。
雌花と雄花をそれぞれ並べてみました。奥の雄花の先には、やくがあり花粉を出します。手前の雌花は奇妙な形状をしています。雌花の柱頭の先に子房が付いているように見えます。奇妙なのはその下です。子房の下にやくのような器官が名残りのように付いているではありませんか! アオギリはもともと両性花(雄しべと雌しべを1つの花の中に持つもの)を付ける植物だったのだと思います。進化の過程で雌花と雄花に分かれたのでしょう。
アオギリの花の構造が目に入ったところで、アオギリに近縁で珍妙な植物を紹介しましょう。希少植物なのでご存じの方は少ないと思います。Reevesia pubescens(リーベシア プベスセンス)といいます。アオイ科リーベシア属の植物で和名はありません。中国陝西省西安市で撮影しました。中国南部の亜熱帯地域などの森林に生える植物です。
アオギリも自生する地域は、本来は亜熱帯地域と熱帯地域です。日本は、アオギリ自生の北限に位置し伊豆半島から南西諸島などの暖地に生えます。しかし、耐寒性が強く緑化木として南東北まで植栽されています。街路樹などでは、強い剪定がされるので花や実が楽しめませんが、公園などに植えられた大木では面白い果実を見ることができます。
開花後、受精に成功した果実は急速に成長していきます。子房は5裂し鳥の爪のような奇怪な形状に変わります。この袋を破ると勢いよくコーヒーのような茶色の液体が飛び出るので驚きました。
袋状になった果実の皮はやがて開き、葉のような形状へと変わります。アオギリの果実の皮には、道管と師管がはっきり見え、葉そのものにも見えます。でも実際は、果実の皮は葉が変形したものなのです。写真を見るとタネが直接葉に付いているように見えます。アオギリは葉がタネを包み込んで子房に変化した裸子植物から被子植物への進化の歴史を、逆再生して私たちに示しているようです。
秋に木の上で乾いたアオギリのタネは、船のような果実片の淵に付いて世間に旅立っていきます。このボートは乾いた革質で軽く、ヘリコプターのように回転しながら秋の空気にふわりと乗ります。ちなみにこのタネをいって食べると、それは香ばしいナッツの味がしました。
湿った場所の付近に降り立ったタネは、芽を出しよく育ちます。根元付近が太くなり水と養分をためる貯蔵根みたいです。古代の人々はどうしてアオギリに鳳凰が栖(す)むと考えたのでしょうか? 堂々とした樹形、長い葉柄と大きな葉、大雨が降る前には風が吹きます。アオギリの木が大きくざわつくと待望の雨が降ります。アオギリの鳳凰の爪のような果実とたくましい成長力も神々しいものです。それらが人々の目には神がかって見えたのかもしれません。古代の人々が鳳凰とアオギリを結び付けた意味が私には分かる気がします。
次回は「Plant of Kunming [その11]長虫山の植生 前編」です。お楽しみに。