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ツリフネソウ属 [前編] 渡良瀬釣船草(ワタラセツリフネソウ)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ツリフネソウ属 [前編] 渡良瀬釣船草(ワタラセツリフネソウ)

2018/11/27

恐らく人類が最初に手にした金属は銅だったと思います。それは世界史の年表を見れば分かります。旧石器時代、新石器時代と続き、その後に青銅器が登場するからです。銅をどのように人類は手に入れたのでしょうか? 恐らく大地を浸食する水で流された銅の塊を、偶然に川で見つけたことから人類と金属の付き合いが始まったのだと思います。今回は、明治の時代に東アジア最大の産出量を誇った足尾銅山にちなむツリフネソウのお話です。

現在の渡良瀬川(わたらせがわ)は日光付近に源を発し、北関東4県の境で巴波川(うずまがわ)、思川(おもいがわ)の支流と合流し利根川に注いでいます。その地域は周りの地形に比べ地勢が低く、古くから水があふれる土地であり湿地が広がっていました。その原野には、室町時代から人々が住み着いたとされ、明治時代には2000人以上の人口を抱えていました。米作、漁業、葦(あし)を利用する生業をしていたとされます。

一方、渡良瀬川上流には、江戸時代から開発されていた足尾銅山がありました。明治に入り新しく銅の大鉱脈が見つかり、東アジア最大の産出量を誇る鉱山へと発展したのです。

銅の採取や精錬の過程で鉱毒が山林を枯らし、山土が露出し洪水が頻発しました。土に含まれる銅の化合物や重金属が鉱山や残土から漏れ出し土壌が広範囲に汚染されました。その下流で暮らしていた人たちは、洪水と環境汚染という複合被害に直面したのです。それが日本初の公害とされる足尾銅山鉱毒事件です。

洪水と鉱毒を収めるべく広大な遊水地を造る計画の下、作られたのが渡良瀬遊水地の生い立ちです。現代の渡良瀬遊水地は、面積3300haの広大な面積を持つ湿地です。重金属は重いから重金属といいます。足尾銅山から出た鉱毒を沈殿させ受け止めること、そして大雨が降ると水がたまりその懐で洪水を未然に防ぐことがこの遊水地の仕事です。今、その湿地に入るとどこまでも葦原(あしはら)が続く原野です。渡良瀬遊水地は人が造った二次的な自然ですが、今では動植物が人からの開発から免れて暮らしている野生の楽園でもあります。

世界には、いまだ植物のリストに記載されていない種は数多くあるといわれています。未開の土地や小さな植物、一生のほとんどを土の中で菌類と共生する植物などでは、これからも新発見はあるでしょう。しかし、多くの人が暮らす場所の近隣にあり、目立つ花を付ける植物種の新発見は、予想外というほかありません。21世紀の現代になってから、渡良瀬遊水地に生えるツリフネソウの一種が新種として登録されました。その名は、ワタラセツリフネソウImpatiens ohwadae(インパチエンス オワダエ)ツリフネソウ科ツリフネソウ属 といいます。

ツリフネソウ属の当主であるツリフネソウは、Impatiens textori(インパチエンス テクストリー)ツリフネソウ科ツリフネソウ属といいます。この植物は東アジアの湿地や湿った低山で普通に見ることができる植物ですから、ご存じの方は多いと思います。ワタラセツリフネソウは、一見この植物に似ているので今まで見過ごされてきたのでしょう。

渡良瀬遊水地は、ツリフネソウの好きな湿地です。渡良瀬遊水地の植物はよく知っている植物でも心なしかサイズが小さい気がします。最初このツリフネソウを見たとき、小ぶりな普通のツリフネソウというのが印象でした。

よく観察すると通常のツリフネソウより葉の幅が広く、花もミニチュアで2cm程度しかない株もあります。それでも、普通にはツリフネソウと判断されると思います。しかし、この地域の学校に観察力の鋭い植物好きの先生がいました。この方は、一つ一つツリフネソウとの違いを明らかにして最後はDNAレベルで違いを確認しました。そして2005年に日本植物学界において、このツリフネソウはワタラセツリフネソウImpatiens ohwadae という新種とされたのです。そして渡良瀬遊水地が基準産地とされました。種形容語のohwadaeは、この種とツリフネソウとの違いを明確にして新種発表に尽力された大和田真澄氏に献名されています。

ワタラセツリフネソウの花を拡大して見るとこんな感じです。比較対象がないと分からないでしょうから並べて観察します。

ツリフネソウとワタラセツリフネソウの花を横並びで見てみましょう。違いにお気付きでしょうか? 楕円(だえん)で印を付けた部分を見てください。ツリフネソウの側花弁が尖り広がっているのに対し、ワタラセツリフネソウの側花弁は、どの株も短小で先端が黒く萎縮しているのです。

よく熟したワタラセツリフネソウの莢です。知られているようにインパチエンス属は莢が弾けてタネを飛ばします。それはまるで爆発するような勢いです。莢の内側の成長が止まってもその外側が生長を続けるので内側に巻き込む圧力が生じます。莢を曲げるエネルギーが限界点に達すると破裂するのです。よくできた仕組みです。ワタラセツリフネソウとツリフネソウの違いは、タネの形状にも差異を認めることができます。渡良瀬遊水地に生えるワタラセツリフネソウは、この地で分化した種と推定され水の流れを利用して同じ水系に分布を広げています。

次回は、ツリフネソウ属の後編です。ツリフネソウ属をもう少し眺めてみることにします。

次回は「ツリフネソウ属 [後編] 私に触るべからず」です。お楽しみに。

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