小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
多羅葉(タラヨウ)[前編]
2019/01/08
遠く雲南省の地に始まり、日本列島の中南部に終わる照葉樹林帯は、東アジアの地を覆う木々たちの森です。ヤブツバキ、サザンカなどのツバキ科、タブノキ、カゴノキ、シロダモなどのクスノキ科、モチノキ科などなど。どれも常緑の照葉樹です。そこに自生する針葉樹のカヤやナギなども照葉になっています。2019年初めの「東アジア植物記」は照葉樹を特徴づけるクチクラ層(Cuticula layer)の話題からです。
新しい年がやってきました。2014年に始まった連載も6年目です。「よく話題が尽きませんね」と言われますが、「東アジアの植物記」の底は私には見えません。皆さんが今年も「東アジア植物記」を楽しんでいただけるとうれしいです。今年もよろしくお願いします。
さて、私が手に持っているのはタラヨウという植物の葉です。この葉はとても肉厚で硬く頑丈にできていて、人が作った造花の葉のように見えます。長さは15㎝ほどありくぎなどで葉の裏側に字が書けるので、「葉書(はがき)の木」ともいわれ郵便局の木とされています。
照葉樹の一つであるタラヨウの葉は、ツヤツヤしていて葉の表面はクチクラ層が特によく発達しています。このクチクラ皮膜だけを取り出して観察してみたいと思います。どのようにすればいいのでしょうか?
まず、10パーセントの水酸化ナトリウム溶液を作り、葉を浸し2時間ほど鍋で煮ます。とても強いアルカリ性なので危険な作業です。十分注意します。水酸化ナトリウムは肌に付くと皮膚が溶けます。目に飛沫が入らないようにメガネをします。よい子は絶対にマネしないようにしましょう。
2時間ほど煮ると葉が褐色になり柔らかくなりました。水で葉の表面と内部に染みている水酸化ナトリウムをよく洗い流します。お酢(酸)につけて中和する場合もあります。この状態では比較的アルカリに強いクチクラ層とセルロースは健在ですが葉肉は溶解した状態です。
手で葉をもむとクチクラ皮膜が剥がれてきました。葉を水にさらすのが不十分だと手の皮膚が溶けるので注意が必要です。
クチクラ層は細胞ではありません。表皮細胞が分泌した膜なのです。歯ブラシでクチクラ皮膜に付いている葉肉細胞の残骸をクリーニングすると、葉の表に1枚、裏に1枚ずつクチクラ皮膜だけを取り出せるのです。植物は光合成でブドウ糖( C6H12O6 )をつくります。それはさまざまな有機物合成の出発点なのです。ブドウ糖を修飾してセルロースやさまざまな有機化合物をつくり出すのです。クチクラ層の皮膜はそうした炭化水素からつくられるクチンなどの重合体(ポリマー)でできています。
生命が誕生する上で膜が決定的に重要でした。膜がなければ外部と区別ができずに、細胞も存在できなかったと思われます。自らを外部から独立させることによって生命に進化したのです。植物はクチクラ皮膜によって雨水などが勝手に体内に入らないように、そして体内液が外部に漏れないようにしています。しかし、その被膜は透明である必要がありました。光合成するためには光粒子の透過が必要条件だからです。植物のクチクラ皮膜は透明であり、酸やアルカリに、病害虫に耐性があるビニールのようなものだと思われます。
クチクラ皮膜を取った後、丁寧に葉肉細胞を歯ブラシでクリーニングするとセルロースでできた導管と師管が残ります。左は、タラヨウの導管と師管が一体となったもの、右の写真は導管と師管を分けたものです。水の中で生まれた植物のご先祖様は、外部を水に満たされて生活していました。陸に上陸した植物たちは内部を水で満たすために根から水を吸い上げ循環させるために導管を作りました。そして光合成でできた栄養素を水に溶かし体中に運ぶ師管も発達させました。導管と師管は別の組織であり、それぞれ植物体を水で満たすとともに栄養素を循環させる役割を持つものです。
タラヨウは、丈夫な葉の構造からいろいろな実験に使用することができます。導管と師管の位置関係は、葉では上に導管が下には師管があります。写真の左側は、タラヨウの師管だけを取り出したもの。右側は導管と師管が一緒になったものです。私がやった実験では、理由は不明ながら、タラヨウの葉はいつも主脈から導管だけが半分ずつに分かれるのです。面白いですね。
オット!タラヨウの葉についてのお話だけで前編が終わってしまいました。後編ではタラヨウという植物について語りたいと思います。
次回は「多羅葉(タラヨウ)[後編]」です。お楽しみに。