小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その5]
2019/03/12
北アメリカ東南部に生える、3針葉のマツ類は明確で鋭いとげを持っています。 ダイオウショウPinus palustris、スラッシュマツPinus elliottii、テーダマツPinus taed、リギダマツPinus rigidaなどは、マツ属の中でもAustrales(ミツバマツ)節というグループに分類されお互いに交雑可能でそれぞれの雑種も発見されています。この3針葉のマツは北アメリカ東南部に生息しています。 ところがなぜかしら同じようにとげがある3針葉のマツの球果が東アジアの日本の各地から化石で見つかるのです。その絶滅種はオオミツバマツPinus trifolia(ピヌス トリフォリア)マツ科マツ属といいます。種形容語trifoliaとは3針葉を意味します。なぜ、北アメリカ東南部に生息するAustrales節のマツが、かつて日本に生えていたのでしょうか? そのことを考察してから北アメリカ東北地域の球果について話を進めていきます。
地球環境は、寒冷化と温暖化を繰り返しています。ユーラシア大陸と北アメリカ大陸が陸橋でつながっていた時代、温暖化によって北アメリカ東部で発生したミツバマツの仲間は5000万年前には北上し北極圏にまで生息域を広げました。その後の寒冷化に伴い、ミツバマツの仲間は両大陸に分かれ南下したのです。そして、オオミツバマツはおよそ3300万年前に日本に到達し低湿地に生息していたらしいのです。
一方、北アメリカ大陸を南下したミツバマツ類は、元の鞘に収まり繁栄し現存しています。日本に来たオオミツバマツは、1200万年前を境になぜかしら絶滅したのです。この北上南下説は、いくつかの植物の近縁種が大陸を隔て生息する隔絶分布を説明するのにつじつまが合います。
テーダマツの球果です。オオミツバマツの化石を写真で見ると実によく似ています。化石種と現存種は近縁だったと思います。
テーダマツやリギダマツは、マツ材線虫病に強く、抵抗性を持つ書きました。その病気は、もともと北アメリカ東南部に土着のセンチュウによって引き起こされる病気だったのです。土着のマツは、その病気と折り合いをつけて暮らしてきたのです。
外国にいたセンチュウと折り合いの付いていない日本のマツには外国のセンチュウに抵抗性がなく、今、その病気によって日本のマツは絶滅の危機に立たされているといっても過言ではありません。同じようなセンチュウは日本にもいますが、日本のマツはそれとともに暮らしてきたのです。
北アメリカ起源と考えられるオオミツバマツは、きっと日本の風土と折り合いが悪かったに違いありません。それが、私が考えるオオミツバマツ絶滅のシナリオです。
さて、ミツバマツが多い北アメリカ東南部ですが、この地域唯一の5針葉のマツの登場です。
No. 11 ストローブマツPinus strobus(ピヌス ストローブス)マツ科マツ属 。種形容語のstrobusとは、球果を付けるという意味です。林業では重要な樹種で英語ではWhite pine(ホワイトパイン)と呼ばれます。バージニア北部から五大湖周辺州とカナダ東部まで生息します。北アメリカ東部の温帯から亜寒帯に生えるマツです。
かつての北アメリカ東北部は、このマツの広大な森が広がっていたのだといいます。今、手付かずのストローブマツの林は、その当時の1%しか残っていません。ストローブマツの葉は細く柔らかで、そよそよした風情があります。色は青みがかった緑色で長さは10cmほどです。庭園樹としても好感の持てるマツです。
葉は5枚で束生するゴヨウマツ類ということです。ほとんどの5針葉のマツは、 このマツの名を冠するStrobus 亜属に分類されているのです。
ストローブマツは、この地域では大きくなるマツです。成熟するまで時間がかかりますが長寿の木で500年程度の寿命とされ高木になります。現存の最高樹高は57.55mと記録されます。木が真っすぐに育つので帆船のマストにされた時代もあります。若いうちは白っぽい平滑な幹肌をしているのですがだんだんと木肌は荒れ、老成してくると鱗片(りんぺん)状に割れ赤い木肌になります。
成木になるとその下は、5針葉のマツの落ち葉がフカフカに積もり、かわいらしい球果をたくさん落とします。長さは、7~15cmで大体は10cmぐらいの大きさです。幅は2~4cmなので細長くわずかに湾曲しています。
球果が葉に付いている様子を再現してみました。ストローブマツは、東北や北海道にも植林されています。そして、成木になるとたくさんの球果が落ちてくるので、このかわいらしい球果は比較的容易に手に入ります。ストローブマツの球果は、クラフトやクリスマスの飾りに活躍しています。
キュートなストローブマツの球果をさらにかわいらしくする裏技を一つ紹介します。通常このマツの球果は、松やにが表面にこびりつき汚れています。球果を中性洗剤でよく洗い、半分乾いた状態で、電子レンジで加熱するのです。すると表面の松やにが溶け、鱗片に透明な松やにのコーティングができるのです。大体2~3分が目安ですが、加熱時間が長過ぎると球果が焦げたり燃えたりしますので注意をしてください。
No.12 バンクスマツPinus banksiana(ピヌス バンクシアナ)マツ科 マツ属。種形容語のbanksianaは人名に由来します。この名を見てオーストラリアの樹木であるバンクシアを想像した方は、植物学に精通された方だと思います。この名は、ジェームス・クック船長と南太平洋第1回航海の探検に同行したサー・ジョゼフ・バンクス(Sir Joseph Banks)の名前から付いています。彼は南半球の植物的知見をヨーロッパにもたらせた人物として知られています。
バンクスマツは、カナダの広い範囲に生える極北のマツです。氷点下40℃になるような永久凍土地帯を北限として生えます。この樹種は成木で20m程度とされますが、過酷な条件下ではもっと低い木になるでしょう。樹皮は赤く鱗片(りんぺん)状です。
バンクスマツは、2枚が束生する2針葉のマツです。葉の長さは私の知る限りにおいてマツ属では一番短い針葉です。長さは3cmぐらいでコメツガのようです。この短さは、過酷な環境に生息する故のものだと思います。
球果の大きさは、3~5cm。古い球果が開かず石のように硬くなって枝にたくさん付いています。この球果はいつごろになって開き、種を飛ばすのでしょうか?
バンクスマツの球果は、山火事の炎にあぶられて開きタネを飛ばすのだと資料にあります。試しに燃やしてみました。結果は黒く焦げただけでした。思い通りにはいかないものです。
次回は「世界球果図鑑[その6]」です。北アメリカ東岸から、大西洋を越えて地中海沿岸域に生えるマツ属の球果を紹介します。お楽しみに。