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世界球果図鑑[その7]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その7]

2019/03/26

最終の氷河期にヨーロッパ北部全域は、厚い氷床に覆われここに生息していた植物たちの多くは絶滅しました。北ヨーロッパのフローラ(植物相)が豊かではないのはその理由によるものです。氷河が後退したあと植生は回復しますが、以前のような多様性は戻ってきませんでした。恐らく北ヨーロッパに原生するマツ属は1種だけだと思います。幸いにして地中海沿岸までは氷床が到達しなかったため、この地域のマツ属は豊富です。
世界球果図鑑[その7]では、地中海沿岸域に生息する残りのマツ属を紹介してから北ヨーロッパに生息する唯一のマツと球果を紹介します。

No.15 アレッポマツPinus halepensis(ピヌス ハレペンシス)マツ科マツ属。種形容語のhalepensisとは、紀元前1600年ごろから人が住んでいたとされる、シリアの古代都市Halabにちなみます。この都市名を英語ではAleppo(アレッポ)というのです。今でもシリア最大の都市といわれているようですが、現在の状況は不明です。

アレッポマツは、地中海沿岸域に生息します。エルサレムマツともいいシリア、ヨルダン、イスラエルなど、この地域において最も多い樹種の一つとされます。このマツは直木ではなく幹が曲がるので、よい木材は採れそうもありません。葉の長さは10cmほどで2本で束生する2針葉です。球果が枝に付いているのが見えます。この球果は何年も枝にとどまります。

球果は24カ月ほどで成熟しますが、樹脂で硬く固められていて石のような塊になっています。何年もかかり徐々に鱗片(りんぺん)を開くというのだからあきれるほどの気の長さです。球果は長さ5~8cmくらいの円錐(えいすい)形ですが、ゆがんで変形しているものが多いと思います。

アレッポマツの種を見てみようと閉じている球果を火であぶってみました。それでも、鱗片(りんぺん)同士は、樹脂の接着剤で硬く、こびりついてなかなか開きません。熱々の球果を手でこじ開けないと鱗片(りんぺん)が開かないのです。このアレッポマツも山火事に対応するマツなのでしょう。

アレッポマツの種が採れました。大きさは2.5cmほどで印象はフランスカイガンショウの種によく似ていて、近縁と考えられています。

アレッポマツは、一見、がさつで粗野に見えるマツですが、なぜかたくましさを感じさせます。厳しい条件の中で生きてきたのでしょう。故に高温、乾燥に強く、干ばつに耐える強い環境耐性を備えています。それは貴重な遺伝資源かもしれません。この地域は、歴史的にも紛争が絶えない地域です。近年ではイスラム国の勃興やシリア内戦と多くの苦難が続いています。このマツは、きっと荒廃した国土が復興を果たす際に、緑と安らぎを人々にもたらすのでしょう。

No.16 ヨーロッパクロマツPinus nigra(ピヌス ニグラ)マツ科マツ属。種形容語のnigraとは、黒い、黒色という意味です。日本のクロマツに似ていて雄々しい感じのマツです。ヨーロッパクロマツは、いぶし銀のような美しい樹皮を持っています。白と茶、黒い陰が織り成す色彩が気品を漂わせます。

ヨーロッパクロマツの分布域は、南ヨーロッパ~トルコですが、海浜性のマツではなく山地に生息するマツです。2本で束生する2針葉のマツで、葉の長さは12cmほどあります。葉の色合いが暗緑色で通直であることが日本のクロマツに似ています。直幹で太い幹を持ち20~50mほどに育つ高木となります。

球果は、やや扁平な卵形で長さは3~6cmぐらいの大きさ。受精後2年ほどで成熟し3年目で種を飛ばします。鱗片(りんぺん)一枚一枚に厚みがありコロッとしています。

球果も一見、クロマツと似ていますが否なるものです。左がヨーロッパクロマツの球果、右がクロマツです。比べるとヨーロッパクロマツの鱗片(りんぺん)が厚く、お尻の部分が丸くぷっくりしているのが分かると思います。

No.17 マケドニアマツPinus peuse(ピヌス ペウセ)マツ科マツ属。英語でBalkan pine(バルカンパイン)ともいいます。バルカン半島に固有のマツで針葉5枚で束生する5針葉のマツでストロバス亜属に属します。バルカンの亜高山帯から森林限界付近に原生するマツです。球果はゴヨウマツ類独特の形状をしています。

No.18 ヨーロッパアカマツPinus sylvestris(ピヌス シルベストリス)マツ科マツ属。種形容語のsylvestrisは、森に生じるという意味で、このマツが沿岸部ではなく内陸部に生息することを表します。このマツについて調べるうちに、最終氷期に北ヨーロッパ内陸部が厚い氷床で覆われたことを冒頭で書きましたが、その氷床分布地域とヨーロッパアカマツの分布範囲が奇妙に一致することに気が付きました。恐らくこのマツには、氷河期絶滅後のマツ属の空白を埋める役割があったのだと思います。

ヨーロッパアカマツは20~30mに成長する高木で、幹も太く樹皮はアカマツと同じように赤茶色をしていてRed pine(レッドパイン)の名で木材としても利用されます。分布は広く北ヨーロッパからロシア、モンゴル、東シベリアに及びます。恐らく世界一分布範囲の広いマツに違いありません。そのため、各地の地名が付いた名で呼ばれます。スコッチパイン、ノルウェーパイン、ロシアアカマツ、オウシュウアカマツRed woodなどいろいろです。いくつかの変種がありますが、皆、ヨーロッパアカマツという種です。

ヨーロッパアカマツと日本のアカマツは、同じように幹が赤茶色をしていて区別は難しいかもしれません。ヨーロッパアカマツの葉は4cm程度と短く葉裏に気孔腺が目立ちます。一番の違いは球果の違いです。上段はアカマツで大きさは3~4cmが標準ですが、下段のヨーロッパアカマツは4~6cmでクロマツの球果に似ています。

ヨーロッパアカマツの球果です。アカマツより大きいことと各々の鱗片(りんぺん)が大きさの割に細くきゃしゃで先頭部分がようじのように細い造作になっています。

季節は春です。世界球果図鑑は少しお休みして時宜にあった植物のお話を続けます。
次週は、「小さな水辺の草 チャルメルソウ属」についてです。お楽しみに。

JADMA

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