小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
渓谷の植物[前編] セントウソウ
2019/04/23
小さな沢植物においては、沢は日本にしか生えない固有植物の宝庫だということはお話ししました。沢周辺の林、その縁もまた、日本固有の植物が多いのです。沢の周りは木々がよく茂ります。木々は葉を落とし腐葉土として積もります。沢の周りは腐植が豊富にあるので栄養や水が不足することはありません。沢周辺の湿潤な環境に生える植物を紹介していきます。
セントウソウChamaele decumbens(カマエレ デクムベンス)セリ科セントウソウ属。属名のChamaeleは、地表に咲く小さなものを表し、種形容語のdecumbensとは横臥したとか、伏したさまを表します。和名のセントウソウの由来は不明です。
セントウソウは、早春3~5月、日本全国の山地、沢周辺の半日陰地の湿った林の際に小さな花を咲かせます。日本ではどこにでも生えるようでよく見かけますが、日本にしか生えない植物で属としてもセントウソウ属は1種のみ、世界的に見ると1属1種の日本固有種の珍しい植物です。
花の大きさは5mm以下です。凡庸で目立たないのであまり目に留まらない故か、このセントウソウを食料や薬用に使うという話は聞いたことがありません。
セントウソウは、高さ10~15cm程度の大きさ、根出葉の柄や花茎は紫色を帯びます。葉はチャービルのようで、3つの葉がさらに3つに分かれることを繰り返す3出の羽状複葉という形状をしています。落ち葉が積もった湿った場所がお好みです。
セントウソウと一緒に何やらまがまがしい様子の植物が生えていました。
ハシリドコロScopolia japonica(スコポリア ジャポニカ)ナス科ハシリドコロ属。厚生労働省の自然毒リスクファイルに掲載される有毒植物です。種形容語のScopoliaとは、オーストリア帝国のリンネといわれるJohannes Antonius Scopolius(ヨハン アントニオ スコポリ)に献名されています。
ハシリドコロの種形容語のjaponicaは日本産を意味しますが、朝鮮半島にもこの種の自生が確認されていて 日本の本州以西と朝鮮半島に固有の植物です。湿った谷あいの斜面などに生え、春に長さ2cmほどの釣り鐘状の花を付けます。
ハリシドコロは、タバコの葉のような大きな葉を互生に付けます。私が見た株は30cm程度でした。ハシリドコロという和名は、この植物の地下茎がヤマノイモ科のオニドコロという植物のそれとよく似ていて、誤ってこれを食べると異常な興奮状態に陥り、走り回るというところから命名されたらしいのです。
ハシリドコロは、春に芽生える宿根草です。その形状はフキノトウに似ていますし、地下茎はヤマノイモの仲間にも似ています。山菜として誤食による中毒事故が起きる植物なのでしっかりと形状を覚えておきましょう。
もう一つ 湿った渓流の斜面を好み生える植物を紹介します。それは、北海道から日本中部の亜高山帯の雪の多い地域と日本海側の豪雪地帯に生えます。地球上で唯一、日本固有種であり1属1種しかありません。
シラネアオイGlaucidium palmatum(グラウキディウム パルマツム)キンポウゲ科シラネアオイ属。属名はツノゲシ属Glauciumに似ているという意味があり、種形容語のpalmatumとは、手のひらを表し葉の形状を意味しています。和名は、日光白根山にたくさん生えていたことによります。確かにたくさんありました。
シラネアオイの草丈は50cmぐらいになります。1~3枚の手のひらみたいな大きな葉を付け、直径8cmぐらいの大きな花被を付けます。シラネアオイに花弁はなく花のように見えるのはがく片です。黄色い色をした多数のおしべと基部で合着した2本のめしべが確認できます。
日本列島は、大陸の縁にある造山帯ですから地歴は古くありません。日本固有の植物は、日本列島で発生したと考えるのは難しくおそらく大陸起源だと思います。日本の急峻(きゅうしゅん)な地形の中で種として分化し、あるいは比較的温暖で湿潤な環境の中で生き残り残存していると考えるのが妥当です。豊富な降水によってできる渓流や沢筋は、木々たちが茂り落ち葉を落とし、ちょうどよい木陰をつくります。そんな環境こそが植物たちが平和に生きていける場所なのでしょう。
次回は「渓谷の植物[後編] トウゴクサバノオ」です。お楽しみに。