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渓谷の植物[後編] トウゴクサバノオ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

渓谷の植物[後編] トウゴクサバノオ

2019/05/07

光合成をする植物にとって、太陽光線の存在は必要不可欠です。ではどのくらいの光量が必要なのでしょうか? 植物には光飽和という現象が見られ、光量を増やしても光合成量がそれ以上増大しない限界点があります。光飽和点は、植物それぞれで違い、その限界点未満でそれに近い光量が生育に最も適している光量と考えられます。
その量はプリムラ類で      1万ルクス
レタスで         2万5000ルクス
キュウリは        5万5000ルクス
身近で最も高い値を示すトマトでは7万ルクスとされています。

夏の熊本で照りつける太陽光線量を測ったことがあります。それは午前中でしたが、11万1200ルクスでした。人が1時間もその場所にぼーっと立っていたら熱中症になると思います。植物にも光飽和点以上の過剰な光量は有害であり、生育に支障が出るので作物には寒冷紗などで遮光をするのです。

野生の植物たちは、誰も面倒を見てくれないので、自分にとって都合のよい環境にだけ生息します。山の南斜面は、照りつける日光によって山肌は乾燥し植物の多様性に欠けます。どちらかというと山の裏(北斜面)は適度な湿り気が維持され光量がちょうどよいのでしょう。植物量が豊富で多様性が見られます。

裏高尾・日影沢(東京都八王子市高尾町)、なんとなく秘境の印象で興味をそそる地名です。バス停の下を流れる小仏川の小さな渓谷は、日本にしか生えていない山野草が至るところに花を咲かせていました。

日本固有種、アオキAucuba japonica(アウクバ ジャポニカ)ガリア科アオキ属 。属名のAucubaとは日本語の「青木葉(あおきば)」が語源とされています。種形容語のjaponicaは日本産という意味だということはご存じだと思います。アオキ属は東アジアに固有の植物群。アオキは日本ではどこにでも見られるおなじみの植物ですが、世界でも原生しているのは日本だけです。

日本固有種、ヤマルリソウOmphalodes japonica(オンファロデス ジャポニカ)ムラサキ科ルリソウ属。日本の本州、四国、九州の谷筋など湿り気があり、木々によって強い日差しが遮られる半日陰地に生えます。

日本固有種、マルバコンロンソウCardamine tanakae(カルダミネ タナカエ)アブラナ科タネツケバナ属。種形容語のtanakaeは人名にちなみます。日本の本州、四国、九州の渓谷沿いの湿った林縁に原生します。

日本固有種、コチャルメルソウMitella pauciflora(ミテラ パウシフローラ)ユキノシタ科チャルメルソウ属。本州、四国、九州の渓谷の水際、沢沿いに自生します。アジの骨みたいな5枚の花弁が奇妙ですね。

日影沢周辺は、土が程よく湿り渓畔林が強い光を遮ります。沢周辺の岩場のこけむしたくぼ地には、アジの骨みたいな花と表現したコチャルメルソウたちがたくさん咲いています。そういえば、アジの開きも日本固有のものに違いありません。アジといえばサバを思い付きますが、トウゴクサバノオといわれる奇妙な植物も渓谷周辺の湿った斜面に花を咲かせていました。

トウゴクサバノオ、漢字では「東国鯖の尾」と書きます。奇妙な名前なので気になっていました。図鑑の情報は断片的で全貌が見えません。どのような植物なのかこれはもう自分で確かめるしかありません。

日本固有種、トウゴクサバノオDichocarpum trachyspermum(ディコカルプム トラチスペルマム)キンポウゲ科シロカネソウ属。種形容語のtrachyspermumとは、ざらついた種子を持つという意味です。シロカネソウは、あまり耳にしない植物名です。この植物群は東アジアに原生する小さなグループです。

トウゴクサバノオは4~5月に5~10cm伸びた茎の先端に米粒みたいな花をころんと1つか2つ、もったいぶって付けます。この植物もまた、日本の本州、四国、九州に分布し、渓谷沿いの湿った林床、林縁の半日陰地に原生します。

トウゴクサバノオの花を拡大してみました。三出複葉の先端に花被を付けます。白い花弁状に展開するのはがく片で5枚あります。花弁はがくの内側にあり、黄色で蜜を分泌する蜜腺になっています。この構造は同じくキンポウゲ科のクリスマスローズによく似ています。おしべは多数、めしべは2本あります。受精に成功すると袋状に膨らみ2つに分かれ、魚の尾のようになるといいます。トウゴクサバノオの鯖の尾を見てみたい気がします。

渓谷や沢には水があり、生育に多くの水を必要とする木々たちがよく茂り渓畔林が形成されます。木々たちの葉の隙間からちょうどよい日の光が届きます。私の人間照度計は、3万ルクスと示しました。人の居心地がよい環境は植物にも居心地がよいのです。山地の渓谷や沢沿いに生息する日本固有の植物たちにはそれくらいの光量がよいようです。

次回は「貝の母 バイモ」です。お楽しみに。

JADMA

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