小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
旅立ち[前編] イカリソウ属
2019/05/28
オダマキ属は花弁に付属する距(きょ)ががくの上に突き抜ける構造を特徴とする植物群でした。
今回は、長く伸びた距ががくの水平から下向きに伸び、その姿が錨(いかり)に例えられるメギ科イカリソウ属についてのお話です。この植物は、北半球のアジアから南ヨーロッパにかけて60種ほど生息しますが、中国が多様性の中心地です。日本にも幾つかの種が山地に生息しています。
春、落葉広葉樹の林ではさまざまな春の妖精たちが咲きだします。雪が解け、木々たちが葉を展開する前の林床には優しい日の光が届き、夏になると木陰になります。そんな場所に地域ごとに多様化したイカリソウたちが生息しています。
イカリソウ属は木々たちが落とす木の葉で土がフカフカして湿り気のある場所を好みます。この植物群は落葉性もしくは常緑性の宿根草で乾燥している場所には生えていません。
花粉媒介を虫たちに依拠するイカリソウの仲間は、そのお駄賃のために蜜をためる器官を発達させました。それが距です。それは、クモの足みたいに四方に長く伸びます。それが、船が旅立ちの際に錨(いかり)を上げる姿に似ているのでイカリソウといいます。イカリソウは、春の旅立ちを表徴する草です。
イカリソウEpimedium grandiflorum(エピメディウム グランディフロラム)メギ科イカリソウ属。落葉性で、中国と朝鮮半島、日本の山地に原生するイカリソウです。日本では東北南部から太平洋岸の山地、落葉広葉樹の下などに原生します。
イカリソウの種形容語のgrandiflorumとは大きな花を意味します。花被の直径は3cmから最大4cmになります。小さなイカリソウ属の中では確かに大きい方です。花色は白~薄いピンクまで色幅があります。
イカリソウの園芸品種「楊貴妃」。この品種はイカリソウのがく片と花弁の色合いが著しい違いを示すので人気があり、イカリソウの花の構造を理解するのに都合がよいのです。赤4枚は花弁を保護するがく片です。クモの足みたいな距を持つのが花弁で4枚あります。
同じく園芸品種「多摩の源平」。ピンクのがくと透き通るような白い花弁を持つイカリソウです。同じようにがくと花弁が咲き分ける美しい品種です。これでがくと花弁の関係は明確ですね。
しかし、がく片は4枚かというと実は8枚あるのです。がくは外がく片と内がく片に分かれます。外がく片は4枚あるのですが、花が開くとハラハラと散ってしまうのであまり気が付きません。
イカリソウの花弁は筒状であり基部が距となり、水平もしくは下降し長く伸びます。距の先端は蜜だまりになり昆虫を呼び寄せます。雄しべは4本、雌しべは1本です。
葉はベゴニアのような偏った心臓形で細かい鋸歯を持ち三数性。3つの複葉がさらに3つの小葉に分かれる2回3出複葉という形態を示します。このような葉の構造から、中国ではイカリソウのことを三枝九葉草ともいいます。
キバナイカリソウEpimedium koreanum(エピメディウム コレアヌム)メギ科イカリソウ属。種形容語のkoreanumとは韓国を意味します。落葉性で花色はクリーム色、花はやや大型です。日本では近畿以北から北海道にかけて分布し朝鮮半島や中国にも分布があります。キバナイカリソウは草丈が高く、50cm近くになることを特徴とします。日本では日本海側に分布するという説明がありますが、積雪の多い地帯に対応したイカリソウという方が正しい理解だと思います。
イカリソウのお話は後編に続きます。
次回は「旅立ち[後編] イカリソウ属」です。お楽しみに。