小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
東北の森の隠者 トウゴクサイシン
2019/06/11
東北の背骨である奥羽山脈の落葉広葉樹の林床では、ヒメギフチョウが忙しく春の妖精たちの花に訪れ蜜を吸っていました。ヒメギフチョウの仲間は、アゲハチョウの先祖といわれ古代の地球に現れました。このチョウが絶滅を免れ今まで命をつないできたのには、理由があります。
1、他の虫が食べない毒草を食草に選んだことで食料獲得競争が起きなかった。
2、毒草を食べ自らの体に毒をため込み毒虫になることで天敵から免れた。
以上の2点が生存に優位だったのです。
雪が解けたブナやミズナラ、コナラの林床には、春の穏やかな日差しが降り注ぎます。カタクリやオトメエンゴサク、キクザキイチゲなどが足の踏み場もないくらい咲き始めました。
そんな場所では、ヒメギフチョウが忙しく、カタクリやスミレサイシンなどの花に訪れ蜜を吸っていました。しかし、素早い彼らは写真に納まってくれません。
ヒメギフチョウが食草に選んだのは、ウマノスズクサ科Aristolochiaceae(アリストロキアセアエ)の仲間です。その植物には、ヒメギフチョウの幼虫が食べた跡がしっかり残っていました。
オオバウマノスズクサAristolochia kaempferi(アリストロキア ケンフェリー)ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属。関東以西の東アジアの山地、林縁に生えるつる性の多年草。ウマノスズクサ科植物の特徴は、どの植物の花も奇妙であり全草にアリストロキア酸という強烈な腎臓毒を含む毒草であるということです。
一方でウマノスズクサ科カンアオイ属のウスバサイシンという植物は、毒を持ちながら細辛(さいしん)という中医薬や漢方の生薬にされるのですから、毒も薬もさじ加減ということでしょうか?
トウゴクサイシンAsarum tohokuense(アサルム トウホクエンセ)ウマノスズクサ科カンアオイ属。種形容語のtohokuenseは東北を意味します。関東北部から東北の落葉広葉樹の林床に、カタクリなど春の妖精たちと一緒に生える落葉性の宿根草です。
トウゴクサイシンは、ウスバサイシンを母種として分化した種と思われていましたが、研究の結果、別種とされました。カンアオイの仲間は、日本において最も多様化したのです。
トウゴクサイシンは、フタバアオイのように地上に露出する茎から2枚の葉を出します。そしてウスバサイシンのようでもあります。花が咲いていないと区別が難しいと思います。花の色は、暗い小豆色で部分的に色が薄くなったり白色になったりしてまだらです。花といいましたが、花弁はなく、がくが筒状に膨らんだ形状になります。そして、このがくの先端が、絞ったように尖るのをトウゴクサイシンという種の特徴としています。
よく似ているフタバアオイAsarum caulescens(アサルム カウレスセンス)。落葉性で地上の茎から2枚の葉を出すことと、葉の形状はトウゴクサイシンとよく似ていますが、花の形状は明らかに違います。
落葉広葉樹林が広がる東北の山地の春は、輝くような色合いを見せる春の妖精たちの世界です。そこに飛び交うヒメギフチョウを見かけたら、そこにはその森の隠者、トウゴクサイシンが生えているはずです。
次回は世界球果図鑑のお話に戻ります。お楽しみに。