小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
夏の野生ラン チドリたち[後編]
2019/08/20
ランの仲間は、世界の亜熱帯や熱帯の高地に最も多くの自生がありますが、冷涼な気候や地域を好む種類もあります。「夏の野生ラン チドリたち[後編]」は、東アジアの高山に生える仲間と、世界に一属一種しかないチドリと名の付くランの知見です。
中国の雲南省麗江市にある玉龍雪山の標高は5546mです。北半球で最も南にある氷河を持ちます。麗江市外の標高は2400mほどありますので、これは標高差3000m以上の眺めです。
麓には3000mほどの乾燥した岩だらけの台地が広がっていて、ウンナンショウを主とした疎林がありました。
No.6 ギムナデニア オルキディスGymnadenia orchidisラン科テガタチドリ属。中国雲南省シャングリラ近郊、標高は3000mを超えていました。短い草が生える岩だらけの草原に小さな集団になって生えていました。スリムで細い円すい形の花序を持ちます。現地の資料でGymnadenia orchidisとしましたが、属名種名とも自信はありません。
ギムナデニア オルキディス? 種を自分なりに決めないと前に進めないので適当な鑑定をお許しください。花の形状を見るとテガタチドリ属だと思います。高さ20cm、葉は3枚、開花時期7~8月。この種の花色は桃色~白花とありますが、白花しか確認できませんでした。
次はノビネチドリという地生ランを紹介します。
シラカバBetula platyphylla var. japonicaが生える環境は標高1500mまで、それ以上の森林限界までは、樹皮が薄茶色をしたダケカンバBetula ermaniiが生えます。山登りをしていてダケカンバが見られると、もうすぐ視界が開け草原になるだろうと想像ができます。本州でチドリたちを見るのは、この林を抜けてからです。
No.7 ノビネチドリNeolindleya camtschatica(ネオリンデレヤ カムチャティカ)ラン科ノビネチドリ属。属名はNeo(新しい)lindleya (人名、ランの分類学の父をいわれるJohn Lindley(ジョンリンドレイ)に献名されています。種形容語のcamtschaticaは、カムチャッカ半島の意味です。ノビネチドリもまた、極東東アジアの冷温帯に生息する地生ランで四国の高山にまれに生え、本州中部の山岳地帯からサハリン、カムチャッカまでの生息が知られています。
ノビネチドリは、漢字で「延根千鳥」と書きます。地下部に太い塊茎を作らず根が延びるために延根と名付けられました。どうでしょうか、この立派な下半身、他のチドリたちにない大きな丸い葉です。草丈が60cmほどにもなる中型の地生ラン。縁の鋸歯が大きく葉脈も大きく明瞭です。
特異な形状を持つノビネチドリは、今までどのgenus(ジーニス)属にするのか定まりませんでした。日本の植物学の父を呼ばれる牧野富太郎氏は、ツレサギソウ属のPlatanthera camtschatica としました。その後、研究が進み、属が変わりテガタチドリ属に変更されGymnadenia camtschatica とされていました。
日本の植物学者前川文夫氏の著作でもノビネチドリはGymnadenia camtschaticaとされています。しかし、さらに研究が進み、ノビネチドリは、知られているどの属とも違う属とされ、世界で一属一種の孤独な属Neolindleyaという新しい属名が新設され現在に至っています。
改めてノビネチドリの花をよく見てみましょう。花は密生して総状に付き、花の間からやや長い苞が出ています。背がく片と側花弁がドーム型で側がく片と唇弁が虫を誘い込むように開帳しています。唇弁は大きく前に垂れて3裂、中央がくぼんでいて、大の字か動物の姿に見えます。距は短くかぎ状に曲がります。それが、ノビネチドリの花の特徴です。花の形と丸く波打つ大きな葉を見れば、ノビネチドリが特定できると思います。
次回は「夏の野生ラン カキラン属」です。お楽しみに。