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夏の野生ラン カキラン属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

夏の野生ラン カキラン属

2019/08/27

今回の夏の野生ランは、世界に広く分布し湿地や小川のほとり、落葉広葉樹、針葉樹の林縁など多様な環境にも生息するカキランの仲間を紹介します。カキラン属は世界に70種以上分布し日本に2種あります。それは、カキランとアオスズランです。両方の種は日本全国と冷涼な東アジア北部に生える地生ランです。

南三陸は、親潮と黒潮がぶつかる海域であり、アジアモンスーンの最終地です。宮城県と岩手県南部の沿岸域は温暖で東北とはいえ常緑照葉樹が生えています。

三陸の海岸林では、海のマツであるクロマツと山のマツであるアカマツが一緒に生えている林をよく見ます。こんな場所でクロマツとアカマツの雑種であるアイグロマツが生まれるのです。この松林で日本に自生するカキラン属である2種が同時に咲いていました。

No.8 カキランEpipactis thunbergii(エピパクティス ツンベルギー)ラン科カキラン属。種形容語のthunbergiiは、「東アジア植物記」では何度も説明してきました。ツンベルクCarl Peter Thunberg(カール・ペーテル・ツンベルク)に献名されています。カキランは日本のやや湿った場所に広範囲に生息し、東アジアでは太平洋岸北部に自生します。蕾の形状からスズランともいいます。あの白いベル状の花を付けるスズランと紛らわしいのですが、次の種を説明する都合上、その名を覚えておいてください。

カキランは、やや湿った斜面の日当たりのよい場所を好みますが、真夏は木漏れ日の当たる場所がよいようで半日陰の場所に生えていました。草丈は50cm程度の高さになる中型のランです。地下の根茎から1本の茎を立ち上げています。葉の数は8枚程度広げ、そして一見、幅広の笹状の披針形の葉を互生に付けます。

カキランの花被は、ラン科のお約束通りです。花の数は10個程度、大きさは1.5cmぐらい花は下から順に咲いていきます。3つのがくは緑色をしていますが、咲き進むに従い色づいてきます。側花弁が2枚が柿色になるのでカキランといいます。唇弁は白色です。めしべとおしべが合体した蕊柱(ずいちゅう)が大きくせり出ています。

カキランは、花姿がよいランです。パーシモンカラーでおしゃれだし、もう少し大きな花を付ければ園芸店に並んでいるかもしれません。唇弁の両側である側裂片には血管状の模様があり、唇弁の中央である中裂片には赤い蜜標識も見えます。大きな蕊柱の裏側に柱頭があるのでしょう。白い葯(やく)室も見えます。

日本に生息するもう一つ Epipactis属は、アオスズランといいます。一般的にエゾスズランというのですが、北海道だけに生息するわけではないのでその呼び方は好きではありません。アオスズランはほぼ、カキランと同じ分布を示します。同じクロマツ林のやや乾燥する場所に生えていました。

No.9 アオスズランEpipactis papillosa(エピパクティス パピルロサ)ラン科カキラン属。種形容語はpapilla =乳頭という意味です。アオスズランの蕾の形状によるものと思われます。以前は、海岸のクロマツ林に生えるタイプをハマカキランEpipactis papillosa var. sayekianaという変種にしていました。しかし、差別性が明確ではないとされています。

アオスズランは、カキランに比べ剛直でシャッキッとしています。全体に細毛が生えていてヘアリーな印象もあります。花の数はカキラン10個程度に比べ20個以上と多花性です。花の大きさは1cm程度あり、それぞれに花の下に比較的大きな苞葉を付けます。

アオスズランの花のアップです。薄緑色の大きながくが3枚の花弁を覆っています。花弁の色はさらに薄い緑色です。そんな花色を園芸的には素心といって、飾り気のないシンプルな花色です。しかし、訪花昆虫のために唇弁の中心は赤褐色をしていて蜜の目印があります。この、日本産Epipactis属2種に距(きょ)を認めることはできませんでした。この属は長い口吻を持つガやチョウが花粉媒介を行うのではなく、ハチやアブがそれを担うようです。

次回は「夏の野生ラン クモキリソウほか」です。お楽しみに。

JADMA

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