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連載

夏の野生ラン クモキリソウほか

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

夏の野生ラン クモキリソウほか

2019/09/03

ランたちは、発芽や生育時に地中に巡らされた特定菌類の菌糸から水分や栄養を取り発芽し成長します。花を咲かせると今度は、特定の虫を選んで花粉媒介に利用し、その昆虫を引き付けたり、上手に利用する形態と機能性を身に付けてきました。自然界にあるものを巧みに利用して、現世に生き抜くランたちはさながら、森や草原の賢者ともいえる存在です。今回は、虫の名の付くランと、中国最南部の照葉樹林の林床で見かけた奇妙なランのお話です。

岩手県、宮古市赤前地区。2011年3月11日、東日本大震災の津波では、この地区の平地は壊滅的被害を受けました。この地区の保育園は少し高台にあり、かろうじて被害を免れました。その後、津波で怖い思いをした子どもたちに平安を与えるために、園を花いっぱいにする取り組みが行われたのです。津波は、三陸に幾度となく苦難を与えてきました。保護者たちは、同じことが再び起こること、もっと大きな津波が起こることを想定して裏山に避難場所を作ったのでした。

その裏山の避難場所のやぶには、クモキリソウが咲いていました。地味で緑色をした目立たない花です。クモキリソウは、一番最初の写真のような山地の疎林ややぶに生える地生ランです。

No.10 クモキリソウLiparis kumokiri(リパリス クモキリ)ラン科クモキリソウ属。種形容語のkumokiriは、和名によるものです。漢字名は、蜘蛛切草なのか、蜘蛛散草なのかはっきりしません。雲霧草という表記がほとんどですが、花の形態から見て私は蜘蛛説を支持します。

クモキリソウ属は、奇妙な花被を付けるので解説が必要です。ラン科の3数性を思い出してください。がくは、背がく片1枚と側がく片2枚の合計3枚。花弁は、側花弁2枚と唇弁1枚の同じく3枚でした。おしべとめしべは合着して蕊柱(ずいちゅう)という形状です。

クモキリソウが蜘蛛に見えるのは、がく片や側花弁の縁が内側にねじれ、それぞれが糸状で、虫の足のようになるからです。唇弁は大きく開き、内側に湾曲しています。クモキリソウが属するLiparis属の花は、どれも虫に似ていて、世界で300種以上が知られています。

こちらのクモキリソウ属は、色も形もスズムシが羽を広げているように見えませんか? 

No.11 スズムシソウLiparis makinoana(リパリス マキノアナ)ラン科クモキリソウ属。種形容語のmakinoanaは人名です。草丈10~20cm。唇弁がスズムシの羽の透明感と質感、色彩に擬態していて和名は言い得て絶妙なネーミングです。日本と東アジア北部の冷涼な山地林床に生えるLiparis属です。このスズムシソウの唇弁が丸いことが今まで分からなかった中国南部の植物の同定につながりました。

中国最南部の大都市景洪(ジョンフン)は、少数民族のタイ族の自治州です。この町の趣は中国というより東南アジアのそれです。そこは、西双版納(シーサンパンナ)と呼ばれる中国の辺境の地、ラオス、ミャンマーと国境を接する地域でその昔は南蛮と呼ばれていました。

景洪近郊1500mほどの低山に登ると照葉樹林が広がっていました。日本でもおなじみのような、ピカピカの葉を持つ照葉樹林が広がり、低木としてチャノキCamellia sinensisが生息しています。

照葉樹林は、この地から東アジアの東の果てにある、日本の東北南部まで続き照葉樹林帯と呼ばれています。日本を遠く離れたその林には、違う照葉樹もあります。日本ではほとんど見ることのない、ヤマモガシ科の植物が生えていました。

ヘリキア ニラギリカHelicia nilagiricaヤマモガシ科ヤマモガシ属。この植物群は、オーストラリアや南アフリカに自生の中心があり、東アジアではごく少数が隔絶して分布するだけです。

そんな、中国南部の林床には、コンニャクやソバの原種に混ざって、根茎性のベゴニア、トレニアなどが生えていましたが、長い間どの植物に属するのか不明な植物がありモヤモヤしていたのです。そんなとき、スズムシソウの花を見ていたら、それがランの仲間だと思ったのです。

ラン科に的を絞り、現地の文献を調べてやっと植物の同定ができました。

No.12 マラクシス ビアウリタMalaxis biauritaラン科マラクシス属。種形容語のbiauritaは、耳たぶが2つあるという意味です。耳たぶには見えないけれど意味は不明です。

こんな奇妙な花被を付けるランは、初めて見ました。山登りで疲れてしまい、花被のどれが、がくで花弁なのかよく調べる体力が残っていませんでした。葉は緩くフリンジがかかり、ツヤツヤに光っていて葉脈や花茎が濃紫色をしている妖艶な美人でした。この種は、景洪近郊の低山1300m付近の樹林下、斜面に限られて生息しているので見られたのは幸運でした。このマラクシス属は熱帯、亜熱帯に広く産するランですが、東アジアではごく少数が生息しているだけです。

次回は「夏の野生ラン サムライのラン」です。お楽しみに。

JADMA

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