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夏の野生ラン サムライのラン

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

夏の野生ラン サムライのラン

2019/09/10

戦乱の時代が終わり265年続いた江戸時代、歴代将軍が大の園芸好きであったことから日本独自の園芸文化が花開きました。平和の時代、お殿様の好きな品を献上することは、藩の評価向上や自らの出世に役立ったのでしょう。大名や侍は園芸品になる植物の収集や改良に精を出したのです。献上品栽培から始まった、鉢物栽培はやがて士農工商を問わず一般市民の中に広まっていきました。幕末の時代、日本にやってきた欧州のプラントハンターは、日本人が身分の上下を問わず皆花好きであったことに驚いたとその旅行記に書いています。今回は、江戸の時代、武家の間で人気のラン、英語でSamurai’s Orchidといわれるランのお話です。

No.13 フウランVanda falcata(バンダ ファルカタ)ラン科バンダ属。以前は、一属一種とされNeofinetia falcata(ネオフィネティア ファルカタ)とされていました。種形容語のfalcataとは、カマの形状を表します。それは太く2列に並んだ葉がカマのような形をしているからです。

フウランの栽培品を富貴ランといいます。植物的には何の違いもありません。江戸時代、目新しいフウランを献上することは自らの出世に役立ちました。侍たちは野生の株を探し求め深山に分け入り、株を採取したので野生株はほとんど残っていません。葉に斑の入ったもの、赤花種などを自然採取や実生の繰り返しの中から品種が作られ、たくさんの園芸品種が作られています。

普通の白花の富貴ランは、比較的安価で求めることができます。マニアは、人と違う株を持っていることを無上の喜びにしています。黄花種や赤花種、緑花種には驚くような値段が付きます。観賞価値は、花や株姿だけでなく根っこの色など多芸にわたり、根の先端が赤くなるルビー根という品種もあります。そんなささいな差異が観賞の対象になるのが富貴ランの世界です。

フウランの原生地は、本州中部以南から琉球諸島にわたる地域と朝鮮半島や中国が知られています。写真は沖縄の株です。木に着生したフウランの根は四方八方に広がっています。この根は幹を伝わる樹幹流を捉えるために発達するのでしょう。樹幹流には、木肌で熟成した高分子化合物が含まれていて、それを栄養源にフウランが育つのだと思います。

フウランは、日本では、主に暖地の樹木に着生して生息しています。フウランはある程度の耐寒性がありバンダ属の北限分布種に違いありません。草丈:5~10cmぐらい、花は開花の早い株と遅い株があり6~8月に咲きます。

横浜の著者の自宅では、カエデに着生させ一年中外で栽培しています。時にマイナス5℃を記録したことがありますが、フウランは元気に育っています。野生のランですから、木に付けただけで肥料はあげません。

園芸店のバンダです、東南アジアからオーストラリアに原生する熱帯性の着生ランです。根の形状や株の形状を見るとフウランがバンダ属だということは分かる気はします。しかしながら、生殖器の形状はかなり違います。今までフウランがバンダ属にたどり着くまでには紆余(うよ)曲折がありました。

フウランとバンダの違いは蜜の入れ物である距(きょ)があるかないかだと思います。フウランは花の大きさの割に著しく長い距があります。それだけ長い口吻を持つ虫を訪花昆虫に選んだということです。白い花というのは、夜の暗闇で目立ちます。おそらく夜行性のスズメガ類が花粉の媒介に携わるはずです。

フウランの花を拡大してみます。明確にがく片と花弁は分かります。がく片や側花弁の長さは6mmほど。唇弁の長さは5mm、蕊柱(ずいちゅう)は3mm。花径は全体で横1cm、縦1.5cmを計測しました。特徴的なのはその距の長さです。5cm近くもあります。その先端にはかんきつ類のようなメロンのような風味があり、すがすがしい甘い蜜がありました。

フウランは、侍のランとして知られています。特に第11代将軍の徳川家斉(いえなり)公は、この植物を愛したといわれます。大名たちは、観賞するときに口に当て布をして見たといいます。このフウラン(富貴ラン)は、刀の切っ先のような鋭い葉、丈夫で質実剛健であることが侍たちに愛されたのだと思います。江戸時代、大名たちは参勤交代という義務がありました。その長旅の籠の中で大名たちはフウランを籠に入れ連れていき、フウランの姿と優美な香りを楽しんだと記録されています。

次回は「秋の草原に咲く ヒメヒゴタイ」です。お楽しみに。

JADMA

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