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Plant of Xi’an 秦嶺終南山[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺終南山[前編]

2020/02/18

秦嶺(しんれい)山脈Qínlǐng Shānmài (チンリンシャンマイ)は、大きく捉えると中国の真ん中を東から西に横断する山々の連なりです。最高峰は3771.2m、長さは1600kmと広大。以前に紹介した華山も秦嶺山脈に含まれます。それは、アジアモンスーンをその南で受け止め、シベリアからの寒気の南下をその背で遮断します。秦嶺山脈は中国の気候を区分し、米作と麦作を分ける境界線でもあります。

私に大秦嶺山脈を語るすべがあるわけではありません。それはあまりに広大であり、にわかにその全体像を理解できていません。私は少しその味をなめただけです。秦嶺山脈の中ほどに位置する終南山(しゅうなんざん zhongnanshan)地域に分け入り、出合った植物たちについて知見を紹介していきます。

西安中心部から車で南に1時間ほど、秦嶺山脈の終南山入り口にたどり着きました。この地域には仏教の古刹(こさつ)も多く、まずはごあいさつ代わりのお参りです。

長安区羅漢洞村。ここには、唐の全盛期、貞観年間(628年)に造られた古い禅寺があります。このとき、私たち以外の訪問者は見当たりませんでした。ひっそりとしたたたずまいのお寺です。

この寺には、見事なイチョウの古木があります。イチョウ属は中生代、恐竜が誕生した時代に栄えた種属です。私も博物館で幾つかのイチョウ属の化石を見ています。イチョウは、イチョウ属唯一の生き残り。現世のイチョウは2億年以上にわたる地球環境の激変を東アジアの片隅で生き抜いてきたのです。野生のイチョウは、中国に南東部にわずかな個体を残すのみとされ、絶滅が危惧される植物ですが、その有用性から世界各地で増やされています。実際に東京都では一番多い街路樹になっています。

古観音禅寺のイチョウは、唐の第二代皇帝 太宗の李世民(598~649)が植えたことが分かっています。このことから、樹齢は1370年以上という計算になります。日本にも推定樹齢1000年という古木があります。しかし、それは、誰かが古い昔に中国から種子や苗を持ち込んだか、持ち帰ったものだと思われます。

イチョウGinkgo biloba(ギンゴ バイローバー)イチョウ科イチョウ属。属名のGinkgoとは銀杏(ギンコウ)を誤記してGinkgoになったといわれています。種形容語のbilobaとは、2つに浅く裂けたという意味です。このイチョウの木は、千年を超えてもますます樹勢が旺盛な美人の木です。普段、静寂に包まれるこの寺ですが、この木の黄葉時には観光客が押し寄せるといいます。

寺の裏から秦嶺山脈の終南山への道が続いています。その小道を上ると黄河流域の山々では感じることのできないもろもろの植物たちの息吹が伝わってきます。地元の人たちのハイキングでにぎわう小高い山頂に登ってみました。

まず、目に付いたのはキソケイでした。

キソケイJasminum humile var. revolutum (ジャスミナム フミレ レボルツム)モクセイ科ソケイ属。種形容語のhumileとは低く成長するという意味です。日当たりがよい場所から、渓流の谷間など秦嶺の山々では普遍的に見ることできます。

キソケイは、西南アジアからヒマラヤの麓を回り東南アジアにかけて分布し、中国でも雲南や四川など南西部に原生するので、陝西省の終南山は分布域の北限に位置します。

ソケイを漢字では素馨と書きます。素とは白い布切れ、馨とは香ることを意味します。皆さんもご存じのジャスミンを素馨と表します。キソケイ(黄素馨)もジャスミンの仲間ですが、花色は黄色、残念ながら香りはあまり強くありません。しかし、無数に黄色い花を付けますので観賞花木によいでしょう。

森林に隣接する日当たりのよい草むらには、日本では絶滅の危機が増大しているとされる、フナバラソウが咲いていました。この植物は、枝を出さず茎が1本立ち上がります。背丈は70cmほどで、長さ10cm程度の軟毛のある大きな葉を対生に付けます。この仲間は、受粉にハエを使います。真ん中の大きな葉にハエが止まっているのが分かりますか?

フナバラソウVincetoxicum atratum(ビンセントキシカム アトラツム)キョウチクトウ科カモメヅル属。種形容語のatratumは黒い様を表します。赤紫に黒を少し混ぜるとこんな色になるでしょう。葉の付け根下側にまとまって数段の花を付けます。

和名のフナバラソウとは、ガガイモの仲間なので果実が船のような形になることによります。この植物は、森林の国である日本では姿を消そうとしています。草原の広がる大陸が元々の故郷だったのでした。

終南山を少し登ると西安郊外を背景にしてポプラの木が見えます。強風には弱いけれど乾燥に強いポプラは、大陸では主要な緑化樹木になっています。写真のポプラは中国に固有の種で面白い樹皮を持っていて、私はオメメポプラと命名しました。

この写真が、私がオメメポプラと呼ぶカホクポプラです。

カホクポプラ(河北楊)Populus hopeiensis(ポプラス ホピエンシス)ヤナギ科ハコヤナギ属。種形容語のhopeiensisは河北省を表します。このポプラは河北省、河南省、山東省などの山岳地帯に生える中国に固有のポプラです。真っすぐに育つ落葉高木であり、白い樹皮に目玉のような模様があるのが大きな特徴です。このポプラは日当たりを好み、中国では街路樹として多く使われているので、道路脇はこの目玉が並んでいる様子がとてもおかしいのです。これは枝が生えて落ちた痕跡がこのような模様になるのです。

次回は「Plant of Xi’an 秦嶺終南山[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

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