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Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その1]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その1]

2020/03/03

秦嶺山脈には、七十二峪といわれるほど多くの峡谷があります。私は、秦嶺太平山周辺の幾つかの沢に分け入り植物を観察してきました。豊かに水が流れる谷あいは、たくさんの植物であふれていて楽園のような場所でした。多くは初めて見る植物であり、楽しくて時間がたつのを忘れてしまいました。

豊かに森林が形成されるために必要な降水量は1000mm以上です。秦嶺山脈はその降水量境界であり、以南が1000mm以上、以北が1000mm以下となります。ここは、長江と黄河を分ける分水嶺でもあります。

峡谷に入ったらまず目に付いたのはさまざまな花木の美しさです。

ニーリア シネンシス Neillia sinensis バラ科ニーリア属(スグリウツギ属)。日本ではあまり知られていない花木です。属名のNeilliaは、スコットランドの園芸家Patrick Neill (パトリック・ニール)にちなんで命名されています。種形容語のsinensisは、中国産という意味です。

ニーリア シネンシスの近縁種には、東アジアの広範囲に生息するコゴメウツギ Nellia incisa があります。5月になると山地ややぶで普通に見かけます。お米が砕けたような、小さな白い花を付ける低木ですのであまり気にとまらないかもしれません。

コゴメウツギはバラ科コゴメウツギ(Stephanandra)属とされていましたが、DNAのゲノム解析から、 スグリウツギ(Nellia)属へと変更になっています。ちなみに種形容語のincisa とは、細かく裂けたという意味です。

ニーリアは、見たところ3mほどの低木です。谷の斜面に混生して生育しています。きっと湿った環境が好きなのだと思います。Neillia属は、中央アジアから東アジアに固有の植物ですが、日本には原生がありません。この種は、長江以南に分布の中心があるので秦嶺山脈は北限分布域です。

この植物は、新梢の先端に5~10cm程度の総状花序を付け、たくさんの小花を咲かせます。花期は5~6月。筒状の花姿がかわいらしいく好印象が持てる花姿です。大きさは、筒状花の直径が6mm程度、長さは1.5cmほどです。

ニーリアは、落葉低木もしくは灌木様であり、新梢や芽は赤茶色。葉は薄く、ウリの葉状もしくは卵形、先端が尖り、葉身は柔らかく脈がしわのようになります。葉の周囲には歯牙状の不規則な鋸歯がありました。

ニーリアの花色は、ピンクの濃淡、そして白花もあります。私は結構お気に入りになりました。秦嶺に生え落葉性ですから、耐寒性も問題はないはずです。花好きの日本人に知られていないのが不思議なくらいです。すてきな和名を付ければそのまま園芸植物の仲間に入るでしょう。

樹木は、草たちより三次元に多くの葉を展開します。葉からたくさんの水分が蒸散するために多くの水が必要なのです。沢沿いの斜面は、樹木が大好きな環境なのです。沢に茂るという名前の木がありました。

サワフタギ Symplocos chinensis(シンプロコス シネンシス)ハイノキ科ハイノキ属。こちらの種形容語のchinensisも 中国産という意味になっています。漢字では沢蓋木。沢にふたをするように茂るという意味です。青いきれいな実を付けるのでご存じの方もいるかと思います。元々は大陸系の植物で、東南アジア~東アジア、そして日本の全土の谷斜面などに生息する落葉低木です。

こちらは、つる性の低木。

クレマチス ヘキサペタラ Clematis hexapetala キンポウゲ科クレマチス属。日本のセンニンソウClematis ternifloraに似ていますが花被数が多いのです。種形容語のhexapetalaは、6枚の花弁を意味しますが花弁ではなくがくです。英語名をMongolian Snowflakes(モンゴルの雪の結晶)といい、中国北部、モンゴルなど東アジア北部に生息するクレマチスです。内モンゴルの山地で見かけたことがあります。秦嶺山脈には中国北部の植物も多く見られます。

直射日光の当たらない谷あいや林床に奇妙な花を見つけました。直立した低木で、このような花を付ける植物は、私の辞書にありません。花被は6枚ありますが、どうやらがくのようです。花弁は見当たりません。雄しべ6本、雌しべ3本の三数性です。

この植物がつる性であれば、私はアケビ科のムベStauntonia 属であると思ったのです。私の鑑定は半分正解でした。

デカイスネア インシグニスDecaisnea insignis アケビ科デカイスネア属。属名のDecaisneaは、植物分類学者のJoseph Decaisne(ジョセフ・ドケーヌ)にちなみます。種形容語のinsignisは、目立ったとか際立ったという意味です。

デカイスネアは、長江以南の地域からヒマラヤの麓にわたる温暖で降水量の多い地域に分布し、秦嶺山脈はその北限分布域になります。この植物は中国では、猫児屎といいます。意味は猫の「うんこ」です。猫のふんのような形状のアケビ状の実がなり、色は黒色であり食料にするというのです。食べてみたいですか?

デカイスネアは、アケビ科です。アケビ科の植物は、ほとんどが東アジアに生息していて、皆つる性で葉は掌状複葉なのですが、このデカイスネアは違います。つる性ではなく立木性の低木であり、葉は羽状の複葉なのです。デカイスネアは、アケビ科の中で特異な種です。化石種もあり、各地では絶滅してきたのでしょう。今はこのDecaisnea insignisが一属一種残るだけです。

アケビ科の中で最も原始的といわれるデカイスネア。そのような植物に出合うと私の妄想が広がります。次回の中編では、ウマノスズクサ科の中で最も原始的といわれる植物を見つけた話です。

次回は「Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その2]」です。お楽しみに。

JADMA

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