タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[前編]

2020/04/30

「いずれアヤメかカキツバタ」


この言葉は、どちらも優れ甲乙つけがたい、どっちもきれいで判断できない、という故事とされています。その通り、アヤメとカキツバタの周辺は、曖昧模糊(もこ)として実態がつかめません。 おまけにアヤメという漢字が二枚舌で、菖蒲(ショウブ)と書いて、アヤメとも読むのはいかがなものでしょう? 菖蒲をショウブと読んだとしても、再びの混沌(こんとん)の世界が待っています。それは菖蒲には、花菖蒲という類語があり、これまた曖昧だからです。○○菖蒲園と呼ばれる場所にあるのはショウブではなく、ほとんどの場合ハナショウブです。ショウブ(菖蒲)、アヤメ(菖蒲)、ハナショウブ(花菖蒲)、カキツバタ(杜若)など、モヤモヤしたアヤメ属の混沌とした実態に光を当ててみたいと思います。

まずは、ショウブとハナショウブに白黒をつけます。季節は初夏、ユーラシア大陸の水辺ではショウブ(菖蒲)の花が咲きました。昭和の時代、端午の節句にはかしわ餅と菖蒲湯は欠かせないものでした。とりわけ銭湯ではその時期に、必ずショウブが湯船に入っていて、その香りを体いっぱいに感じたものです。

ショウブAcorus calamus(アコルス カラムス)ショウブ科ショウブ属。種形容語のcalamusは、葦(あし)状、管状を表します。今の時期は、開花の状態です。どこにどのように咲いているのでしょう。

ショウブは、がくや花弁のない雌しべと雄しべだけの花を花軸に多数付けます。それを肉穂花序(にくすいかじょ)といいます。サトイモ科も同じ花序を付けるため、ショウブは以前サトイモ科という分類でした。しかし、サトイモ科の葉脈は網目状であり、ショウブの葉脈は平行脈なのです。現在では、ショウブは単子葉植物の初期型とされ、ショウブ科が新設されました。もう少し近くに寄って、ショウブの花を見てみましょう。

緑色のベビーコーンのような花序です。ショウブは葉と見分けがつかない花茎から唐突に、肉穂花序を出します。それは花の集合体です。緑色の雌しべ、黄色い雄しべの葯(やく)が、びっしりと棒状に並んでいます。花を見る限りにおいてショウブ属は、アヤメ属とはちっとも似ていません。

東アジアの湿地、小川の縁、浅い水辺にはショウブに似た、セキショウが生えています。それは、漢字で石菖蒲とも書きます。

セキショウAcorus gramineus(アコルス グラミネウス)ショウブ科ショウブ属。種形容語のgramineusは、「イネ科の植物に似ている」という意味です。ショウブもセキショウも、アヤメ属には何の類縁もありません。ただ、平行脈を持ち、葉が扁平であり、葉先が剣のように尖っていることだけが、アヤメ属と似ています。

ショウブに似て、同じく浅い水辺に生える黄色のアヤメ属があります。

キショウブIris pseudacorus(イリス プセウダルス)アヤメ科アヤメ属です。花が咲いていないとショウブとキショウブを見分けるのは難しいでしょう。キショウブの種形容語pseudacorusは偽ショウブ、あるいはショウブだましという意味です。

キショウブという和名は、紛らわしい名前でもあり、ショウブと同じ環境に生えるので間違えやすいと思います。キショウブは、ハナショウブというアヤメ属に、黄色の花色を導入するために使われました。そして、花もなかなかきれいなために、各地の水辺に植えられたのです。それは、丈夫でよく増えました。今では侵略的外来生物に指定されています。偽ショウブという意味の学名のキショウブの姿はあっちこっちで見かけます。肝心の本家ショウブの姿はどこに行ったのでしょうか、最近とんと見かけなくなりました。

こちらはノハナショウブ(野花菖蒲)といって園芸種であるハナショウブ(花菖蒲)の原種です。あの華やかなハナショウブはこの原生種から生まれたのです。

ノハナショウブIris ensata var. spontanea(イリス エンサタ スポンタネア)アヤメ科アヤメ属。変種名のspontaneaとは、「野生の」という意味です。

ノハナショウブの種形容語のensataとは、「剣のように鋭い」を意味します。その葉の形状がショウブに似ているので、ハナショウブ(花菖蒲)と名前を付けてしまったのが、ショウブとハナショウブの混沌の始まりです。ノハナショウブは、日本全土、シベリア、中国東北部から朝鮮半島にかけて原生がある分布域の広いアヤメ属です。

こちらは、ハナショウブです。学名をIris ensata といいます。原種であるノハナショウブは Iris ensata var. spontaneaですから 学名の上では、野生種が園芸種の変種扱いなのです。ハナショウブに学名を付けたのは、植物学者のカール・ツンベルクです。彼には野生種であるノハナショウブの知見がなかったのだと思います。

ノハナショウブは、湿地から草原まで幅広い環境に原生します。水の中から抽水して生えるイメージがありますが、それは違います。野生種が、そのような環境に生えるため、園芸種のハナショウブは湿地でも、ある程度乾いた場所でも栽培が可能なのです。写真は、岩手県三陸の海岸林に生えるノハナショウブです。

ショウブ(菖蒲)      ショウブ科  ショウブ属
セキショウ(石菖蒲、石菖) ショウブ科  ショウブ属
キショウブ(黄菖蒲)     アヤメ科   アヤメ属
ノハナショウブ(野花菖蒲)  アヤメ科   アヤメ属

上記の区別は大丈夫でしょうか。花を見れば一目瞭然ですが、花がないと分からないかもしれません。そうした区別の難しさが、菖蒲(ショウブ)と書いてアヤメとも読ませる文化になってしまったのでしょう。漢字の菖蒲をアヤメと読むのはやめた方がよさそうです。

次回は「いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[中編]」です。アヤメとカキツバタの実態に迫ります。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.