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いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[中編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[中編]

2020/05/12

アヤメ属の学名Iris(イリス)は、ギリシャ語で虹の女神のことです。皆さんは、虹が何色あるとお考えでしょうか? 7色と日本ではいいますが、世界では6色、8色、12色説など民族と人によって、虹の色数はまちまちです。目のよい方は、光の連続したグラデーションなので数えるのは無理だというかもしれません。虹の色数も、やはり曖昧なのです。中編では、アヤメとカキツバタの曖昧さに白黒をつけてみましょう。

アヤメIris sanguinea

アヤメ属の花の特徴を説明します。単子葉植物のアヤメ属の花被は三数性を示し、がくと花弁の区別がありません。大きく外側に下向きで垂れる外花被3枚、小さく立ち上がる内花被3枚、外花被と内花被の間には、花被状の雌しべ(花柱)が3本、雄しべ3本は、花柱の下に隠れています。外花被には蜜標といって蜜のありかを示す標識があります。このアヤメ属の花被の特徴さえ覚えれば、アヤメとカキツバタの区別ができます。

前編で紹介した、ノハナショウブIris ensata var. spontanea(イリス エンサタ スポンタネア)です。この種の特徴は湿った野原に生え、蜜標が黄色なのです。ノハナショウブから改良された園芸種のハナショウブは、皆、蜜標が黄色なので区別がつけやすいと思います。

アヤメIris sanguinea (イリス サングイネア)アヤメ科アヤメ属。種形容語のsanguineaは、血の色を表します。それはアヤメの蜜標色のことです。花被と蜜標の色合いは、地域性や個体別に違いがあり、色素合成のできない白いアヤメもあります。アヤメ属の区別で大切なことは、蜜標の違いです。アヤメの蜜標にある黒い筋が綾模様になっているのが分かりますか? アヤメの漢字は菖蒲ではなく、綾目、もしくは文目と表記するのが望ましいと思います。

もう一つ、日本のアヤメ属の区別で大切なことは、その原生する環境の違いです。アヤメは、東アジア北部のIris です。日本では北海道、本州、四国に生え、海外ではバイカル湖の東から朝鮮半島にかけて生息します。アヤメの生息する環境は、山地の草地、斜面など意外と乾いたところに原生し、湿地を好みません。

次にカキツバタです。

カキツバタIris laevigata(イリス ラエビガタ)アヤメ科アヤメ属。種形容語のlaevigataは、「無毛と平滑」を意味し、カキツバタの葉の状態を表します。外花被は、細く下向きに垂れ、内花被も細く直立して先は細く、花柱の先端は花弁状に開いています。注目してほしいのは蜜標です。アヤメのように綾目模様ではありません。蜜標が狭く色は白です。それが、カキツバタ最大の特徴なのです。

カキツバタに杜若という漢字を当てることがあります。この杜若という漢字は、中国語ではヤブミョウガのことです。

ヤブミョウガPollia japonica(ポリア ジャポニカ)ツユクサ科ヤブミョウガ属。杜若という漢字の杜は、人が造った森という意味です。ヤブミョウガは二次林の林床や林縁に生息しますので、杜若という漢字はヤブミョウガを指すのです。杜若をカキツバタと読むのは無理がありますし、誤用だと思います。カキツバタは、杜(森)には生えることができません。

カキツバタは、必ず湿地に生えます。水辺に抽水して原生するのです。カキツバタは、東アジアの湿地植物なのです。湿地は、森の中と違い日差しを遮るものはありません。日当たりを好み、水を好むのがカキツバタの性質です。

カキツバタは、日本庭園の修景に合うため、昔から品種改良が行われてきた古典園芸植物の一つです。池などに植えられたカキツバタを見ることがあっても、自然に生息するカキツバタを見ることができないのは残念です。私の住んでいる関東では、栽培品以外にカキツバタの姿を見ることは、大変難しいといわざるを得ません。

カキツバタの語源は、花の色を絞り色素を利用した(カキツケバナ)という説がいちばん説得力があります。カキツバタとは、どんな植物か分かりましたでしょうか。蜜標は狭く白色をしていること、湿地に原生する植物であること。それが、カキツバタの特徴です。

アヤメIris sanguinea

ハナショウブ、アヤメ、カキツバタの区別とその生育環境の違いを明確にしました。世界に広く原生するアヤメIris属は、世界に100種以上。日本には帰化種も含め10種ほどが自生しています。それらの知見も可能な限り後編で紹介しておきたいと思います。

次回は「いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

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