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いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属[後編]

2020/05/19

アヤメ属は、日本に10種ほどが自生しています。私は、その土地の山野に元々生えている植物を原生といい、原生ではないけれどその土地の自然に適合して繁殖する帰化植物も含めた場合、それを自生と表現しています。アヤメ属の日本自生種は、原生種が7種、帰化種の自生が2種、どちらか分からない不明種が1種です。

ヒオウギアヤメIris setosa(イリス セトーサ)アヤメ科アヤメ属。種形容語のsetosaは「剛毛」を表します。英語でArctic Iris(北極アヤメ)といい、東アジア北部のみならず、シベリア、アラスカ、カナダと北極海を取り巻く地域に原生します。日本では本州中部の山地以北から北海道に生息します。

ヒオウギアヤメの花の特徴です。外花被が下向きに開き大きいのですが、内花被が突起物のように小さく退化してほとんど目立ちません。外花被の蜜標に綾模様がありますのでアヤメに似ているようにも見えます。

ヒオウギアヤメとアヤメの違うところは、内花被の違いと生息環境の違いにもあります。比較的乾燥する山地の草原に生えるアヤメに対し、湿地や湿った草地に原生するのが、ヒオウギアヤメです。他に花茎が1本だけのアヤメに対し、花茎が分枝するのもヒオウギアヤメの特徴です。

ヒオウギアヤメは、茎が剛直で高さは80cmほどになります。葉は互生し両方に開き、元で重なり合う姿が扇のようになります。そのような草姿が近縁種のヒオウギ(檜扇)に似ています。花はアヤメに似て、姿がヒオウギに似ているのでヒオウギアヤメというのですが、紛らわしい名称だと思います。

ヒオウギというアヤメ属についても触れておきます。

ヒオウギIris domestica(イリス ドメスティカ)アヤメ科アヤメ属。葉の形状がヒオウギアヤメに、似ているのが分かると思います。ヒオウギは東アジア中南部に原生し、日本では本州、四国、九州に生息しますが、現存する個体が少ないので、その姿を山野で見かけることは難しい植物です。ヒオウギは以前、Belamcanda chinensis(ベラムカンダ シネンシス)とされていました。

シャガIris japonica(イリス ジャポニカ)アヤメ科アヤメ属。「日本」と種形容語が付いているのがシャガです。この植物は古く中国からの帰化植物という説があり、原生なのか自生なのか意見が分かれます。私は、北海道を除き、広く日本の低山に群生する姿を見ると、帰化植物とは思えません。日本列島は、大陸と地続きになっていた時代もあるので、原生でも自生でも、どちらでもよい気もします。

シャガは、英語でFringed Iris(フリンジドアヤメ)、中国名を胡蝶花もしくは白射干といいます。和名は中国名の音読みだと思います。花をよく見ると、とても洗練されたデザインをしていて、おしゃれな配色です。内外の花被は白色をしていて外花被の中央にはオレンジ色のヒダがあり、周囲に紫の斑紋を散らします。その根茎を日陰に置いておくだけで4~5年もたつと群落になるほど丈夫な宿根草です。日本に分布するシャガは種(タネ)を付けない3倍体とされています。

ヒメシャガIris gracilipes(イリス グラキリペス)アヤメ科アヤメ属。種形容語のgracilipesは「細い足、細い花茎」を表します。日本固有の種であり、本州、四国、九州の山地斜面、湿った草地に原生します。細い地下茎を持つ宿根草ですが、冬に地上部が枯れてしまうため、なぜかはかなさがある山草風のアヤメ属です。

ヒメシャガは、名前の通りシャガを小型にした植物です。葉は細く1cm幅で、草丈20cm程度です。外花被が長楕円(だえん)形で中央に小さなオレンジ色の突起物があり、紫色の脈を巡らした蜜標があります。

イチハツIris tectorum(イリス テクトルム)アヤメ科アヤメ属。種形容語のtectorumとは「屋根に生じる」という意味です。江戸時代の幕末に日本を訪れたプラントハンターRobert Fortune(ロバート・フォーチュン)は、神奈川の宿場町の風景という記述の中で、次のように述べています。

『私はしばしば農家に入ってみた。そして、屋根の背に、ほとんど例外なく、イチハツが生えていたのは、いかにも田舎風の面白い眺めだった。』

イチハツは、英語でJapanese roof Irisともいいます。古く中国から伝来したイチハツは、日本のかやぶき屋根の頂上にこれを植え、丈夫な根によって、かやぶき屋根を固定する植物として活用されてきたのです。

かやぶき屋根がほとんどなくなった現代において、イチハツを知る人も少なくなったでしょう。それでも、イチハツを所々で目にします。
イチハツは、中国南西部などに原生し、日本に帰化しています。葉幅が広く扇状に開き、花被は藤色。外花被が円形をしていて蜜標部分に白いとさか状、もしくはひげ状の突起があるのが特徴です。本場の中国では、乾燥に強い特徴を生かし、道路際の緑化に大規模に植栽されています。

アヤメ属シリーズの最後に、日本に原生はありませんが、園芸店で時折見かけるイリス ルテニカ ナナIris ruthenica var. nanaについて触れておきます。この植物は、マンシュウアヤメという名で呼ばれますが、ヨーロッパから温帯のアジアと広範囲に原生しています。種形容語のruthenicaとは、東スラヴ人が居住する土地の古代名称であるルテニカを意味します。時として、ロシアンアイリス、ハンガリーアイリスとも呼ばれます。マンシュウアヤメという名ですが、満州に固有ではありません。

イリス ルテニカ ナナIris ruthenica var. nana。冬に地上部が枯れ、イネ科の雑草のような葉を付けます。花の大きさは4~5cm、花茎の高さは5cmほどしかない小さなアヤメ属です。日本に原生はしていません。

Iris spp. それは、雲南省チベット族自治州シャングリラ(香格里拉)の、一面にヒマラヤイチゲが咲き乱れる標高3500mの草原に生えていました。花の大きさ5~6cm、花茎の高さも同じです。小人の国に迷い込んだガリバーのように、草原に伏してこのアヤメの美しさを眺めていました。

アヤメ属は、虹の花といわれるほど、花色が豊富で多様な植物です。どちらか分からないのではなく、違いを区別して楽しむのが園芸家です。「東アジア植物記」このシリーズが植物理解のお役に立てれば幸甚です。

次回は「Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その3]」です。お楽しみに。

JADMA

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