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Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その3]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その3]

2020/05/26

秦嶺(しんれい)山脈の渓谷は、どことなく日本の沢に似ていて、生息している植物も同じか、よく似ています。それでいて、この地域にしかない植物もあり興味は尽きません。水の中から進化してきた植物にとっては、峡谷や湿った渓谷林は絶好の隠れ家です。引き続き、秦嶺の渓谷に生える小さな草本類を見てみましょう。

秦嶺山脈の峡谷をだいぶ上り、上流域に入ってきました。この辺りは日本の山地の風景にとてもよく似ています。

こけむした岩の上におなじみの植物を見つけました。

ズダヤクシュTiarella polyphylla(ティアレラ ポリフィラ)ユキノシタ科ズダヤクシュ属。漢字で喘息薬種(ズタヤクシュ)と書きます。それは、開花期に全草を乾燥させぜんそくの薬に煎じて利用することによります。種形容語のpolyphyllaとは、多くの葉を持つという意味ですが、茎葉が少ない本種には不適合な命名だと思います。

ズダヤクシュは、東アジアの亜高山帯の湿った森林や渓流の縁に広く生息しています。このズダヤクシュ属は、北アメリカに2種と東アジアでは本種があります。近縁種が東アジアと北アメリカに隔絶分布するのはなぜかというテーマは、何度か「東アジア植物記」でも申し上げてきた通りです。

ズダヤクシュは宿根草です。全草に腺毛を持ち、地下茎から根生葉を出し、中心から長さ25㎝程度の総状花序を立ち上げます。花被には花弁はなく花をまばらに付けます。ズダヤクシュ属は世界に3種あります。北アメリカ産の種やその交配種はティアレラTiarellaの名前で、園芸店で売られています。

どのように見てもズダヤクシュTiarella属は、北アメリカにのみ原生するヒューケラHeuchera属とは近縁だと思います。写真のヒューケラは、常緑の宿根草で半日陰で観賞するカラーリーフプランツとして園芸店で人気の植物です。両者を交配した属間の雑種としてヒューケレラがあります。

Heuchera ×Tiarella=Heuchrellaヒューケレラというわけです。種間雑種さえ難しいのに、簡単に属間雑種ができるということは、両属を分ける根拠が乏しいと考えるのが普通です。

ズダヤクシュのそばには、6mm程度の小さな白花を付ける植物が咲いていました。渓谷の湿った日陰に生える多年草で、1cmに満たない花弁状のがく片を持ちます。ポツポツともったいぶって咲かせる様子や、2個に裂けた袋果が魚の尾に似ているのを見ると、サバノオの仲間に違いありません。

縦肋人字果Dichocarpum fargesii(ディコカルプム ファゲシー)キンポウゲ科シロカネソウ属。和名はありません。袋状の果実が基部で二股に分かれている形状を日本では、サバノオと表現するのですが、中国では人という文字に見立てているのです。

シロカネソウ属は、東アジアからヒマラヤ山麓に生息する小さな種属です。トウゴクサバノオなど日本に原生するシロカネソウ属は皆日本の固有種で広域分布をしません。この縦肋人字果は、秦嶺周辺を北限として四川省などの谷間の岩の上などに生息しています。

渓谷も狭まってきました。遠くに滝の音が聞こえ、湿気が肌にまとわりつくようです。日本ではこのような環境の崖にはイワタバコが生えているものです。

空中湿度の高いこけむした岩棚には、何かそれらしい植物が見られます。明らかにイワタバコ科の植物に違いありません。茎や葉柄はごく短く卵形の大きな葉を根元に付けています。葉色は濃い緑色をしていますが、全草には白い絨毛(じゅうもう)がありけばだって見えます。

そのイワタバコ科の植物は、決まって岩棚の下に生息しています。私も植物研究家ですから崖に生える植物がどのようなものか分かります。微少な種子が飛んで着地した場所で生育していくには、激しい雨に直接打たれない場所が必要なのでしょう。渓谷の岩肌にいくつもこのような株は生えていますが、花が咲いている株があまり見当たらないのです。

花が咲いていました。やはり岩棚です。

旋蒴苣苔(xuan shuo ju tai)Boea hygrometrica(ボエア ハイグロメトリカ)イワタバコ科ボエア属。種形容語のhygrometricaとは吸湿性、湿度で運動するという意味です。この種は、乾期に葉を縮め湿潤期に葉を展開する能力があります。

Boea hygrometricaの葉は、日本のイワギリソウOpithandra primuloides(オピサンドラ プリムロイデス)イワタバコ科イワギリソウ属によく似ていて、花はペトロコスメアのようです。ボエア属は、中国中南部からオーストラリアにかけて20種に満たない種を分布させる小さな種属です。

Boea hygrometricaの中国語は旋蒴苣苔といいます。旋は回ること、蒴は種子の入れ物、苣はチシャのような大きな葉、苔は這いつくばって広がる様子を表します。私たち日本人には、ラテン語の学名よりイメージが湧きやすいかもしれません。

秦嶺七十二峪編はもう少し続きます。

次回は「Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その4]」です。お楽しみに。

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