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Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その4]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その4]

2020/06/02

中国へ行くと書店巡りをして植物图鉴túpǔ(図鑑)を探すのですが、日本の『牧野日本植物図鑑』に匹敵する文献には出合ったことがありません。それは、あれだけ広大な地域の植物を網羅すること自体が、難しいものだからだと思います。懐の深い中国植物の世界で、植物名を同定するのは難しいです。今日も植物探偵は、悪戦苦闘、四苦八苦、苦心惨憺(さんたん)です。

花弁が5枚、1枚の花弁が2裂して10枚の花弁に見える、それは、ハコベ属の特徴です。

柳叶繁缕(liu ye fan lu)Stellaria salicifolia(ステラリア サリシフォリア)ナデシコ科ハコベ属。和名はありません。中国中部の山地に原生する植物です。

ステラリア サリシフォリアは、半日陰の湿った岩や斜面がお好みのようで、決まってこのような場所に生えています。属名のStellariaは、ラテン語のstella(星)にちなみ、種形容語のsalicifoliaとは柳の葉のようなという意味です。

世界のウリ科は130の属を数える大家族。カボチャだってキュウリだって元は山野に自生している植物でした。秦嶺(しんれい)の峡谷には 谷間が好きなオオスズメウリが崖から垂れ下がっていました。ウリ科は熱帯域に多くの種がありますが、このオオスズメウリは寒地が好きなウリでシベリア、中国北部などを分布域とします。私は北海道大学の植物園で散逸して花を咲かせているのを見たことがあります。

オオスズメウリThladiantha dubia(トラスディアンタ デュビア)ウリ科オオスズメウリ属。中国では赤瓟(chi bao)と呼ばれ、赤い実がなり薬用とします。この植物は、カラスウリのようでもあり、花はカボチャ属のようでもあります。スズメウリと和名が付いていますがカラスウリとは違う属です。種形容語のdubiaとは、はっきりしない、疑わしいという意味です。葉に写真のようなおしゃれな模様の入る株もあります。

これもまた、私にとっては難解な植物です。ニガナ属のようですが違います。一番近いのはヤクシソウCrepidiastrum denticulatum(クレピデアストラム デンティクラーツム)キク科アゼトウナ属だと思います。ヤクシソウに比べると葉の鋸歯は明確で深く全体として小柄でまとまりがよい植物ではあります。Crepidiastrum ssp. ということで幕引をします。

渓谷を見上げるときれいな赤色をした妙な花! どこかで見たような見ていないようなつる植物でおかしな形をしています。

この植物には葉柄があり、葉は単葉で束生しています。花被は下向きに開き、ワックス質で一見モクレンのようでもあります。雄しべと雌しべは基部に集まり、らせん状に配置されているのが分かります。そんな植物は、サネカズラしか私は知りません。

サネカズラとは、こんな植物です。

サネカズラKadsura japonica(カズラ ジャポニカ)マツブサ科サネカズラ属。東アジアの照葉樹林帯に生息するつる性の植物で赤く熟するヘンテコな液果を付けます。秦嶺の渓谷で木に絡んでいるその植物は、類型からサネカズラに近縁だろうと推測し調べていきます。

植物名が判明しました。

ベニバナゴミシSchisandra rubriflora(スキサンドラ ルブリフローラ)マツブサ科マツブサ属。漢字で書くと紅花五味子です。種形容語のrubrifloraとは赤い花という意味です。分布は中国南部ですから秦嶺山脈はその南限分布だと思います。サネカズラとは違う属ですが、同じマツブサ科です。

マツブサ科は植物分類学上、起源の古い植物として知られています。現在、シキミ属、サネカズラ属、マツブサ属の3属を持ちます。花の構造からモクレン科に分類されていた時期もありました。英語ではChinese magnolia vineと呼ばれるのはその名残なのかも知れません。

ベニバナゴミシと同じ属であるチョウセンゴミシについても触れておこうと思います。

チョウセンゴミシSchisandra chinensis(スキサンドラ シネンシス)マツブサ科マツブサ属。漢字で書くと朝鮮五味子で、有名な中医薬の原料とされる植物です。この赤い実をかじるととても表現できないような複雑な味がします。五味とは、酸味(さんみ)・苦味(くみ)・甘味(かんみ)・辛味(しんみ)・鹹味(かんみ・塩味)のことを指します。この植物は、中国北部や朝鮮半島など東アジア北部に生息していて、日本での自生が確認される前に大陸から薬草として知られるようになったのでしょう。それゆえにチョウセンゴミシと呼ばれるのだと思います。

ベニバナゴミシはチョウセンゴミシと同じ属ですから、赤い実を付けるはずです。秦嶺に生えているので耐寒性も問題がありません。花もろう質で見た目もかわいらしく庭植えで楽しみたい植物でした。

秦嶺七十二峪は、次週に続きます。

次回は「Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その5]」です。お楽しみに。

JADMA

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