タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その5]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その5]

2020/06/09

秦嶺(しんれい)に限らず、中国の黄河流域では日当たりのよい渓谷にウツギやバイカウツギの仲間を見ることができます。この仲間は、日本にも広範囲に生息していますが、中国では、多様な種が原生していて分布の中心地と考えられています。ウツギの仲間は、今までユキノシタ科とされてきましたが、DNA研究の進んだ今では、アジサイ科に分類されています。

ウツギ属は世界に60種ほどあり、そのうち中国には50種ほどが生息しており渓流のあぜでよく見られます。日本ではウツギDeutzia crenata(デウツィア クレナータ)アジサイ科ウツギ属が生えていますが、ウツギの王国である中国ではうかつに種を同定できないのでDeutzia spp.としました属名のDeutziaとは、オランダの植物学後援者のJohan van der Deutz(ヨハン・ファン・デル・デウツ)に献名されています。

ウツギに比べ、バイカウツギはどことなくよい香りがして花が大きく目立ちます。中国ではバイカウツギのことを太平花(tài píng huā)と呼び、平和や平安、平穏を象徴する吉祥の花です。

この植物は日本のバイカウツギによく似ていますが、中国のバイカウツギで、ヒメバイカウツギPhiladelphus pekinensis(フィラデルフス ペキネンシス)アジサイ科バイカウツギ属といいます。属名のPhiladelphusとは古代エジプト王朝のプトレマイオス2世フィラディルフスにちなむというのです。随分と植物とは関係のない大昔の人を持ち出したものです。

ヒメバイカウツギの種形容語のpekinensisは、基準標本株が北京にて採取されたことによります。ヒメバイカウツギは、黄河流域北部から南部の山地、渓谷の日当たりのよい水辺で普遍的に見ることができる落葉性の低木です。

日本の山地には、ミツバウツギStaphylea bumalda(スタフィレア ブマルダ)ミツバウツギ科ミツバウツギ属が生息していますが、秦嶺の渓谷に生えるこの植物も明らかにミツバウツギ属に違いありません。この属は、北半球の温帯域に原生する落葉低木であり、葉は三出の複葉です。花の後に果実が写真のように膨らむ植物です。種は同定できず、ミツバウツギ属Staphylea spp.としました。

東アジアを中心に生息し黄色い花を咲かせるオトギリソウ属は、林縁を主なすみかにしています。この属の中でも花が大きく雄しべが花弁からはみ出すように咲くビヨウヤナギは特異な存在です。図鑑には中国原産とだけ記されていますが、中国といっても広大であり、どの地域の、どのような場所に生えているのかが大事だと思っています。

ビヨウヤナギHypericum monogynum(ヒペリカム モノギヌム)オトギリソウ科オトギリソウ属。Hypericum chinense(ヒペリカム シネンセ)という学名もありますが、異名とされています。和名は美容柳もしくは未央柳とも記されますが、意味は定かではありません。ビヨウヤナギは、常緑のヒペリカムであり、中国の中でも福建省や浙江省など中南部の比較的暖かい地域の山地に原生しています。秦嶺山脈の陝西(せんせい)省は北限の分布域だと思います。この株は雄しべの先端が赤く、エキゾチックな色合いをしています。

ビヨウヤナギはとにかく雄しべが花からはみ出すくらいに長く、100本以上もあります。種形容語のmonogynumとは1本の雌しべという意味ですが、数本が合わさって先端で裂けているのが分かります。

日本では、帰化植物として知られるセリバヒエンソウDelphinium anthriscifolium(デルフィニウム アンスリシフォリウム)キンポウゲ科オオヒエンソウ属も秦嶺では原生種です。渓流沿いの林縁や斜面に生えていました。セリバヒエンソウは中国から持ち出され日本で分布を広げたのです。種形容語のanthriscifoliumとは、セリ科のシャク属Anthriscus葉を表すfoliumの合成語です。

秦嶺の渓谷の環境は、日本のそれとよく似ています。谷あいや草の生い茂った斜面には普遍的にシモツケ属の仲間が多く見られます。

シモツケSpiraea japonica(スピラエア ジャポニカ)バラ科シモツケ属。種形容語のjaponicaは日本を表しますが、中国でも中南部に広範囲に原生しますので元々は大陸系の植物なのだと思います。

シモツケは、落葉低木で高さ1mくらいに成長します。花の色は通常この薄いピンク色ですが、白花も見ることができます。普通、雄しべが長く花弁から飛び出すのですが、この株は雄しべが花弁化していて半八重になっています。野生種は皆一重ですが、八重への変異も自然の中でも生じます。

こちらも、シモツケSpiraea属です。コデマリSpiraea cantoniensis(スピラエア カントニエンシス)に似ていますが違います。この植物は、決まって急斜面の岩の割れ目などに根を張り花を咲かせます。

イワガサSpiraea blumei(スピラエア ブルメイ)バラ科シモツケ属。こちらも東アジアに広範囲に生えるシモツケの仲間です。

秦嶺七十二峪で見た植物は他にも多数ありますが、折々に紹介していきたいと思います。

次回、「東アジア植物記」は、Plant of Xi’anシリーズ最終回。秦嶺の野生バラです。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.