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Plant of Xi’an 秦嶺の野生バラ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 秦嶺の野生バラ

2020/06/16

秦嶺(しんれい)山脈の尾根筋や渓谷沿いを歩いて3種類の野生バラを確認しました。それぞれが同じ地域でありながら原生する環境は微妙に違います。同地域で同属の違う種がすみ分けをして生息しているのです。

尾根道と周辺の斜面は、太陽光は十分過ぎるほどあり水はけや風通しも良好です。しかし、強光下であり乾燥しやすいので環境耐性が強くないといけません。

秦嶺山脈の尾根道では普遍的に、黄色い花を付けるバラが見られました。

ロサ キサンチナRosa xanthinaバラ科バラ属中国名を黄刺玫(huang ci mei)といいます。種形容語のxanthinaとは黄色を表します。本種をRosa hugonis(ロサ ヒューゴニス)とする記載もありますが、synonymシノニム(異名)とされます。

ロサ キサンチナは、中国の東北部から中部にかけて日当たりのよい山地斜面に生息する中国に固有のバラです。秦嶺は南限分布域と思われます。

花の大きさは4cmぐらいでした。花色は薄い黄色ですが、白に近い黄色からやや濃い黄色の幅が認められます。開花期は春咲きで四季咲きではありません。丈は大きいもので2~3m程度に育つ直立したバラです。

基本的に野生のバラは一重です。その種の中でまれに生じる八重変異は園芸的価値があります。このバラにも八重の変異は見つかりました。このバラには褐色の比較的大きなとげがあり、芳香性があります。葉は11~13枚程度の卵形で小さな葉を付ける奇数の羽状複葉です。

尾根道から下り、渓谷に落ちる開けた斜面です。やや乾燥した場所で濃いローズ色をした低木状の野生バラを見つけました。

ロサ ウィルモッティアエRosa willmottiaeバラ科バラ属。中国語で小叶薔薇(xiao ye qiang wei)といいます。叶という中国漢字は、日本では葉を表します。2mほどの細長くスリムな低木で、小葉には明確な鋸歯があり葉の先端が丸い形状をしています。花の大きさは3.5cm程度あり、一重で5枚花弁の花を咲かせる株や半八重の株もありました。

ロサ ウィルモッティアエは、20世紀に入ってから四川省で発見された野生バラです。種形容語のwillmottiaeとはイギリスの園芸家Ellen Ann Willmott(エレン・アン・ウィルモット)に献名された名です。彼女は驚異的なガーデナーでした。最大100人もの庭師を雇いすべてを園芸に捧げたのです。資産家の彼女でしたが、最後は無一文で亡くなったと記録されています。ローサ ウィルモッティアエは、エレンの園芸に対する情熱が乗り移ったようにあでやかな色をして咲いていました。

ロサ キサンチナを黄刺といいました。ロサ ウィルモッティアエを小叶薔薇といいます。中国では形状の違いをもって、同じバラ属の中でも玫瑰(まいかい)と薔薇という漢字を使い分けているのです。玫瑰はハマナシ系のこと。薔薇は、つるバラ系という区別です。ロサ ウィルモッティアエは、四川省やここ秦嶺山脈周辺の開けた斜面などに固有のバラです。

尾根から谷まで下ってきました。渓谷では、日光を奪い合うように木々が茂りますので太陽光線を独占できない不都合があります。しかし、何より土が湿っていて生命活動に必要不可欠な水分が不足することはありません。植物のご先祖様が水の中から進化してきたことを考えると、水のすぐそばは生きやすい場所なのだと思います。

ツクシイバラRosa multiflora var. adenochaeta(ロサ ムルティフローラ アデノカエタ)バラ科バラ属。川のそばが大好きなバラです。こんな渓流のそばにツクシイバラは生えていました。種形容語のmultiflora はたくさんの花を表し、変種名のadenochaetaは「花柄に腺毛やとげのある」毛があるという意味です。

ツクシイバラの母種は、日本ではおなじみのノイバラRosa multiflora(ロサ ムルティフローラ)です。土が湿っていることを好み、川のほとりや河川敷、池の周辺などに原生しています。丈夫で病気に強く、一度生えると根絶が困難なほどで雑木のように強健な野生バラです。

ツクシイバラは、日本の熊本にある球磨川の河川敷などにも生えているので、古くは九州を意味する筑紫の名を取りツクシイバラといいます。花は5cm程度もありノイバラより大きく見栄えがあります。日本では生息数が少なく絶滅危惧種に指定されていますが、秦嶺の渓谷には至るところに原生します。

同じ地域であっても尾根筋や斜面、渓谷の環境は違っています。それぞれの野生種の自生環境は、植物を育てる上で重要な知見を与えてくれるのです。

さて、ノイバラという種は、日本でも中国でも川岸を好み生えていました。どんなおしゃれな名前が付いているバラも台木にノイバラを使っています。このバラは水分が好きで湿った土壌に生えます。土の中に有機質の腐植を加え、水持ちをよくしたり、土が乾かないようにマルチングをするのはノイバラの生育環境に合った栽培方法です。

多くの園芸家に愛される交雑種のモダンローズですが、下半身は皆ノイバラです。その根によって旺盛な生育や病気に強いといった形質が得られているのです。バラ栽培は難しくありません。根はノイバラですから、気軽に楽しんでみたらよいでしょう。

Plant of Xi’anシリーズにお付き合いいただき、ありがとうございました。次回からはまた違う話題を記事にします。

次回は「梛の木(なぎのき)」です。お楽しみに。

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